第28話 挟撃


 静まり返った夜の闇の中、近くの茂みに潜んだ十人ほどの男たちが山小屋の様子を窺っていた。

 軍から払い出された旧式の双眼鏡を何人かが使っているが、夜の暗がりの中ではほとんど情報を拾いきれない。

 最近開発されたアクティブ式の暗視装置、あるいは暗視魔法でも使えれば良いのだろうが、社会の落伍者とも呼べる彼らにはそのどちらもない。前者であれば軍で機械化歩兵部隊に所属していただろうし、後者もまた同じように相応の地位にあってこんば場所にはいなかったはずだ。

 それゆえに彼らは、大金を掴んで一発逆転する可能性に賭けるしかないのだ。


 夜の山をわずかな明かりを頼りに登って来たが、滑落する者が出なかったのが奇跡に等しい。これを幸先良いと思うか、あるいは運を使い果たしたと思うか。

 誰しもが深く考えるのをやめていた。


「どうだ? こちらに気付いている様子はないんだろうな」


 早く町に帰りたい感情と襲撃対象への不安から、沈黙に耐えられなくなったひとりが双眼鏡を覗き込む男に小声で語りかけた。


「なんだよおまえ、ビビってんのか?」


「そうじゃねぇ……! だけど相手はこんな山の中に籠っているんだぞ? 魔獣を狩って暮らしてるようなヤツに手を出して、大丈夫なんだろうな?」


 退役軍人のいくらかは人里離れた場所での隠遁を好むらしい。犯行がバレにくいとタカをくくり、彼らの溜め込んだ金銭を盗もうと手を出して、山から帰って来なかったゴロツキは彼らの間でもそれなりに知られている。

 そこまでのリスクを勘案しても今回の報酬はあまりにも破格と呼べ、ゴロツキたちに暗黙の了解を破らせるに至った。


「ハン、ビビッてんじゃねぇか。元軍人だかなんだか知らねぇが、腕利きがこんな辺鄙へんぴな場所にいるもんかよ」


 鼻を鳴らして答えた男に、周りの視線が集まる。

 本人は死んでも口には出さないだろうが、彼もまた不安を吹き飛ばそうとしているのが周りからも明らかだった。仲間からの疑いの眼差しも夜の闇の中に消えていく。


「だったらなおのこと、なんで裏の連中に狙われてるんだ?」


「……この山は国境に近い。どうやって大型魔獣の住処を抜けるかまでは知らんが、元請け先のビジネスに絡んでいるんじゃないのか。聞けばあの小屋のヤツがそれを邪魔したって話だぜ」


 別の年嵩としかさの男が低い声で答えた。

 業界にいる期間が長いのもあって、彼はそのあたりの事情に比較的通じている。

 もっとも、本当の意味で危機管理リスクマネジメントができていれば、こんな場所にはいなかったであろうが。


「なんとも気の毒な話だな。……まぁ同情するのも無駄か。これから死んでもらうんだしな」


 気を奮い立たせるため笑おうとしたところで、監視を続けていたひとりが緊張を孕んだ声を上げた。


「おい……! 出て来たぞ……! アイツだ……!」


 一斉に向けられた視線の先で、ひとりの若い男がランタンを持って隣の納屋へと向かっていくのが見えた。暢気に武器も持たず欠伸をしているではないか。「これはいい獲物だ」と誰もが安堵を覚えた。

 それぞれが足元に置いたライフル銃を手にし、茂みの中から足音を立てないよう慎重に出て行く。すでに恐怖や不安の感情はどこかへ消え去っていた。


「ふたりは外で見張ってろ。あとの全員で中に踏み込むぞ」


 幸いにして納屋の扉は開いたままだった。いくらなんでも不用心過ぎる。

 だが、そのおかげで数の暴力で圧し潰せる。


「行くぞ……!」


 先頭の男の声と銃を掲げる動作で、全員が安全装置をそっと外す。さすがに弾は山に入る前から薬室に込められていた。

 警戒しながら納屋に入ると、内部には思ったよりもずっと広い空間が広がっていた。最近普及し出した車のひとつやふたつなら問題なく置けそうだ。


 奥の方から物音と「あれ? 工具はどこにやったけな?」と独り言が聞こえてくる。ごみ捨てとは別に何か作業をしているのだろうか。


「へん、ちょろいもんだぜ……」


 相手はたったひとりだ。勝利を確信した男たちの顔に下卑た笑みが生じる。

 こちらに気付いてないなら、何もわからぬままあの世へ送ってやるのが優しさというものだろう。そろりそろりと奥へ向かって進んで行く。

 人影が見えた。


「撃てっ!!」


 号令に合わせ、都合十挺近いライフルからの銃声が重なり小屋の中に反響する。

 密集し過ぎのまま射撃を行ったせいで皆耳がおかしくなりそうだったが、これで依頼は達成できる。そう思えばたいしたことではない。


「……殺ったか?」


 誰ともなく呟き、それぞれが顔を見合わせた。

 弾倉の中身が空になるまで撃ちまくった男たちは、空撃ち状態を数回繰り返すまで必死で引き金を引き続けた。間抜け面を拝んだとはいえ、やはり得体の知れない存在への恐怖は残っていたのだ。


「当たり前だろ。こんだけ撃ち込んでやったんだ。ミンチになってるはずだぜ」

「なってなくても鉛弾で体重が増えてるに決まってるさ」

「ははは、そうだよな! じゃあ早く死体を――」


「喜んでいるところ悪いが……ここはおまえらの宴会場じゃないんだよなぁ」


 興奮する男たちへ予期せぬ方向から声がかかり、全員が弾かれたように銃口ごと振り返った。


「ん、んなっ!?」


 そこには先ほど自分たちよりも先に納屋へ入っていたはずの標的が心底呆れた顔で立っていた。


「えっ、だってさっきここに……」


「十人も外にいて気付かないわけがないだろうが。やりやすいように誘い込んだんだよ」


 外で見張っていたはずのひとりは首に手が回され、口角から泡を噴いて白目を剥いている。声を上げる間もなく頸動脈を締めて気絶させられたのだ。

 この様子ではもうひとりも同様の運命を辿っている可能性が高い。この手際ならさくっと殺されていても不思議ではない。


 ――今撃っても確実に仲間を巻き込むだけだ。

 そんな意識が彼らに攻撃を躊躇させたが、それ以前の問題としてすべてのライフルが弾切れ状態だった。弾倉を換えようとするも、歴戦の古強者にして魔導騎士マギス・ナイツを相手取るには致命的な隙だった。


「おまえら……揃いも揃ってド素人か……?」


 青年の溜め息交じりの言葉と同時に、手にしたスイッチが軽く振られて長く伸びたコードも揺れた。


「ちょっ!? や、やめ! それは対人――」


「だーめ♪」


 顔面を蒼白にした襲撃者のひとりが最後まで言い終える間もなく、それはあっさりと握り込まれた。

 彼らの網膜に焼き付いた最期の記憶はその直後に生まれた閃光だった。

 飼料として積まれた藁の中に隠されていた指向性対人地雷が、襲撃者たちを飲み込む形で十字に火を噴いた。


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