第六話 チームとはなんだ?

擬体がまとっているこの色は、いわばユニフォームだ。

同じユニフォームを着ているチームは、絶対的な仲間。ピンチならば当然助けねばならない。そう思って、遠目にも明らかな紫vs赤の戦いに、横やりを入れた。

いわば反射的な行為だった。


二発投げこんだところで、重大なことに気がついた。あの“紫”チームの擬体、秋葉原の真っ黒ヤロウじゃないか?あたしの計画を変な奇襲で台無しにし、世界で最も頼れる相棒となっていた小谷を殺したヤツ。しかも、お互いさまだと言うのに一方的に激昂し、話も聞かずに襲い掛かってきたバカでもある。あまつさえ、本戦ではあたしのことを絶対殺すとか言ってなかったっけ。


がっかりした。


直前のルール変更は、あたしにとって唯一の希望になった。自分一人でバトルロイヤルに勝ち抜けるとは思えないが、チーム戦ならばもしかして、という希望。池袋の暴君や、品川のパーフェクトさんと組むことができればあるいは、と。


だが最初に見つけたのが、“敵ならば最初に血祭りにあげてやりたい”相手だった。流派もわからないあんなわけのわからない奴に、調子に乗らせたままではいられない。


現に、真っ黒ヤロウは、対峙している品川のパーフェクトさん―相手が悪いが―に全く歯が立たない様子だった。あたしが助けなければとっくに消えている。

あいつなんかと組んで意味があるだろうか?ジタバタしているが、文字通り悪あがきだ。ここで助け船を入れたところでまた同じだ。パーフェクトさんも警戒している様子で、ちらちらこっちを見ている。この位置からだと距離がありすぎる。最悪避けられたり、なんなら真っ黒に当たる可能性すらある。

あたしは光球を投げなかった。リスクが大きい。アウトにできるか分からないのに二塁に投げて、後逸でもされたらサイアクだ。あ、今の盗塁阻止の話ね、あたしキャッチャーなんで。


結局、パーフェクトさんの裏投げ?で床に叩きつけられたと思ったら、二人して下の階に落下していった。ダイナミックすぎるでしょ…。


だが最後のあれはなんだったのだろう。黒ヤロウは手先からなんらかの光を放って床を壊したように見えた。


そういうとこだよ、とつばめは思った。そういう、よくわからないことをして惑わせる。明らかなボールにフルスイングしたり、謎タイミングでホームスチール仕掛けたりするようなヤツ。そういうやつはムカつく。ムカつくけど…意外と…強い。


「小谷…いいかな?」

つばめは呟く。

「あたし、もう少しがんばってみるよ。野球出身で初の、クルセーダーになれるかな?」


つばめは床に穿たれた穴に向かって、ゆっくりと歩いていく。


* * *


もしこの年、スタジアムで擬体同士の壮絶なバトルを“観客として楽しんで”いたならば、最下層、グラウンド・レベルで行われた戦いほど心が震えるものはなかっただろう。

それほどのこの戦いは擬体の超性能を感じる、異次元の戦いだった。


メタリックに輝く銀色一色の体。手足の長さがあまり変わらず、サルのように動く。相対的に小さくシンプルな形状の頭部は、打撃のダメージを最小限に抑えそうだ。そして、あらゆる関節にバネ機構でも仕込んでいるかのような躍動。360度、どの方向にでも跳躍できそうだ。


その擬体は、銀座代表、スペードのA。ハンドラーは、平良徹たいらとおる。幼少から伝統派空手を学んでいたが、小学四年の時にクルセードロワイヤルで観た擬体の戦い方に憧れ、総合格闘技を学び始めた。メキメキと頭角を現した彼は、あらゆるルールでの戦闘に適した、万能戦士となっていた。


最下層に他の擬体がいないことを知り、一つ上の階層に上がろうとした平良が「遭遇」したのが、トサカ状の頭部のみが鮮やかな金色、ボディは赤みがかったブロンズの擬体、だった。


その擬体こそ、このスタジアムが位置する中央地区の代表であり、二枚のジョーカーの一つ。ハンドラーは、九頭竜くずりゅうたけし

中央地区は予選の模様がほとんど情報として出回らない、一種のブラックボックスだ。一般人が電車で気軽に降り立てないというのもあるだろう。


平良のシルバーと九頭竜のブロンズが階段の上と下で遭遇したとき、互いに異なる「色」を感じた。平良は緑、九頭竜は赤。二人の、互いの荒ぶる戦闘本能が、対決を望んだ。


上にいた九頭竜の擬体が、ロケットのように平良に向かって跳んだ。ただ跳んだだけではなく、それはしなった全身から繰り出される、回転蹴りでもあった。

跳び退すさった平良の目の前で、その回転蹴りはコンクリートのフロアを盛大に破壊した。


壁際で4メートルほども飛び上がった平良は、三角蹴りの要領で壁を蹴ると、着地した九頭竜の擬体を狙う。こちらも、空中で十分なひねりを蓄え、超高速の“引き手”で作り出される飛び込みパンチ。


音を立てて迫る神速のパンチを、九頭竜は紙一重で“いなす”。そして、太くはちきれんばかりの大腿部が、観客の目では捉えられないスピードの蹴りを放つ。

平良は左腕を折り曲げて頭部をガードし蹴りを受ける。蹴りの威力は重く、擬体の装甲を破壊するのに十分だが、平良はガードにわずかな遊びを作り、その衝撃を吸収することで、致命傷を避ける。


平良は相手の残った軸足を目がけ、ムチのようなローキックを放つ。人間同士でも致命打になりうる下段蹴りは、擬体同士ではなお激烈な結果を生むことを、平良は予選を通じて知っていた。


予選の期間中、平良は銀座の目抜き通りのど真ん中で擬体の挑戦を受け入れ、二体の腕を折り、二体の脚をへし折った。腕を折った内の一つの擬体には逃げられてしまい、その逃げた擬体を別の擬体が倒したため、平良の撃破数は一つ減ってしまった。

「脚部をやったほうが確実」。

これが平良の出した結論だった。

ローキックまたは下段蹴り。キックボクサーでも極真空手家でもないが、平良には必要な攻撃をすべて最大限の威力で放つ才能があった。そして、擬体はその要求に応える。


平良のローキックはしかし、同じく天才である敵に読まれた。赤銅色に輝く脚部は躍動し、平良の脚に空を切らせる。


九頭竜の赤銅色の擬体は空中で鋭い風切り音と共に全身を斜めに回転させると、その重みも活かした渾身の胴回し回転蹴りを放つ。


左上腕、同じ部位に二度目の攻撃を食らい、平良の装甲にひびが入る。平良の下半身が攻撃の威力を吸収したにも関わらず、踏みしめた床面にはさらに亀裂が走った。


序盤にも関わらずこの壮絶な果し合いを目撃した観衆は、熱狂を通りこえて陶酔した。


平良は毬のように後ろに飛び、距離を取る。飛び込み攻撃を多数持つ彼にとって、間合いを取ったほうが有利だ。だが、油断はしない。


“なにか隠してる”


それが百戦錬磨の平良の勘だった。だが、隠しているのは相手だけではない。平良は祈った。 “”。


平良は一転、低く構える。テイクダウンを狙うという意思表示。


相手の―トサカ頭の擬体の流派はおそらくキックボクシング。ハイキックとミドルキックの直線的な軌道が、ややタイ式を思わせる。間合いの取り方が極真ではない。まだパンチをあまり出してきていないから、テコンドーの可能性は残っている。だがどちらでも問題ない。


機は熟した。


平良は低い姿勢からのパンチと共に飛び込む。敵は捕まることを恐れて、後ろに下がるはず。そうしたら「勝ち」だ、と平良は考えた。


平良の想像どおりなら、バックステップした九頭竜のブロンズの体は次の瞬間猛烈なスピードで地面に打ち付けられるはずだ。完全に想定外のダメージを食らう九頭竜の頭部は致命的に破壊され、一人、消える―――はずだった。


それを促す、平良のブラフ攻撃。


しかし九頭竜は後ろに下がらなかった。特大のサイドフリップ―真横に向かって一回転―で、九頭竜ははっきりと、逃げた。


「クソッ」平良は舌打ちをする。あと少しだったのに。


逃げたブロンズを見送った平良の目前には、平良と同じく緑のオーラをまとった、深い緑色の擬体があった。

「残念」

素早く去るブロンズの擬体を見送りながら、緑の擬体がつぶやいた。

「観客の反応で、バレちゃったね」


観客はおおともああともつかない嘆息をもらした。

九頭竜の背後から、深緑の擬体が音もなく、気配を消して迫っていたのを、観客は知っていたのだ。

ステップバックした九頭竜を後ろから捉えて渾身の裏投げ。それが、深緑の擬体が平良に出した合図サインだった。


「あらためて、チームメイトだね、よろしく」深緑が手を差し出す。

平良はそれをがっしりと握った。

「銀座の平良だ。惜しかった。しかしあんた、どこから近づいたんだ?」

「壁と天井を伝って降りてきた。味方を探そうとひとつひとつ見て行ったんだけど、結局一階まで下りて来ちゃったよ」

深緑――東京の田中隆弘――は、階段室の上に向かって声をかける。

「もう降りてきていいよ」


すると、ミシリ、ミシリというブキミな音とともに、階段室の天井部分を、何かが這うように姿を見せた。蜘蛛のような動き。


「げっ」平良は声をあげた。「なんだそりゃ」


壁面の途中まで這ってきた擬体は、くるりと身をひるがえして猫のように着地した。

見た目は白地に赤。同じく、緑色のオーラが見える擬体だ。


擬体は明るく言った。

「こんにちはー!杉野なつです。よろしくねー」


始まる前に、質問をしていた能天気な子か、と平良は思った。いいね。明るいやつは大好きだ、登場のしかたは不気味だったけど、と自分の擬体に対してつぶやいた。擬体は脳内で、ガハハハと笑った。


「3人揃った。チーム結成だね、さしずめ、緑さんチーム?」ややゴツい部類に入るなつの擬体が、かわいらしい声でころころっと笑った。

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