第二十一話 いいこと考えた
小柄なダンクとカナリア色のジャンプ擬体は、オトリだったのだ。
ナルオと僕はレッスンルームの扉―防音のため分厚く、重く、大きなレバーで施錠するタイプの―を目指す。と、その時。大きくて重いはずの扉がまるでべニア板みたいに軽々と、勢いよく開いた。そしてその向こうに…いや、開口部をふさぐように、巨大な擬体が立っていた。
赤い頭に白いボディ。すべてのパーツが太く、頑丈そうだ。両手両足は末端に向けてすぼまるようなデザイン。
「もう少しここにいてもらいたいんだよね」
巨大な擬体から、女の子の声がした。いや、どうやら声は擬体の向こう側から聞こえてきたらしい。二人いるのか?
「やっちゃえ」
女の子の声が聞こえたか聞こえないか、巨大な擬体は見た目ににつかわしくない素早い動きで、光球を“投げた”。
首が総毛だった。速い!速すぎる!バックステップ…ではかわせない、と、足元のパイプ椅子に蹴つまづいた。僕の頭のすぐ上を光球がかすり、そのまま背後に倒れていたジャンプの擬体に、直撃した。
「あっ」巨大な擬体は言った。「やっちまった」
あんなのを食らってもつわけがない。ジャンプの擬体はダメージ過多で消え始めた。身内にやられるなんてかわいそうだが、本来この“ゲーム”はそういうものだ。
それにしても信じられない速度の光球だった。速すぎてホップしているように見えた。野球かハンドボール…投げ方からして野球だろう。
威力もすさまじかった。ノーガードで頭部に食らったら一撃で消滅もあるかもしれない。
ある程度の広さがあるとは言え、屋内では不利か…いや、距離があったからと言って変わらないか…。
「いいよいいよ、元々彼は戦力にカウントしていないし」
女の子の声が言った。
「それよりも、そっちの緑色っぽいほうの擬体、厄介だな。残しておこうと思ったけど、ここで消したほうがいいかもね」
巨体がレッスンルームに踏み込んでくると、後ろから二回りくらい小さい擬体が入ってきた。変わったデザインの機体だ。水色のボディに青い頭。目?の周りに透明なガラスのようなものがハマっている。まるでメガネ。小さいほうの機体も、右手に同じような光球を出した。まさか、同じ野球特化なのだろうか?
でかいほうが振りかぶり、ナルオに向かって強烈な光球を放つ。横っ飛びに避けるナルオ。しかし、その着地点に向かって、小さいほうが速球を放っている。左腕にヒット。装甲が吹き飛ぶ。スピードならでかいほうだが、小さいほうも威力は十分…しゃれにならない。
僕もナルオもパイプ椅子を手に取る。気休めにもならないかもしれない。接近するための盾になってくれれば…。
「ナルオ、援護してくれ。近づく」
こいつらを突破しなくてはならない。未咲に危険が迫っている。
「わあああああああ!」
パイプ椅子を盾に、突進する。僕の脇を、敵めがけてナルオの光球がぶっ飛んでいく。
しかし僕は絶望する。でかいやつが左手から出した光る棒…バット、バットだ。
でかいやつは少し後ろにステップすると、豪快なアッパースイングでナルオの光球をぶったたいた。僕に向かって。
バットで打ち返すと、光球はさらに倍加する。僕は盾にしたパイプ椅子ごと後ろに吹っ飛んだ。レッスンルームの壁に叩きつけられ、激痛に息がとまる。
そりゃあそうだ…野球は「投打」あってのもの…武器が二つあるなんてズルイ…
衝撃で意識がもうろうとする。
今までにわかっていることがある。それは、僕たちが光球と呼んでいるものは、基本的に何かに当たると消滅するということ。爆散、というほどではないが、ダメージを与えたらそのまましゅうと消えるのだ。
だが、バット?。光球を撃ち返した。今までに見たことがない能力。
近づけない…。
基本的に球技特化型の擬体は、接近戦に弱いものが多い。格闘技のディフェンスが備わっていないからだ。
なんとかして懐に入れれば、流派はわからないが一応格闘型の僕の擬体なら、ダメージを与えられるのだが…。
「小谷、黒をけん制しながら緑を刺すよ」
巨漢はさわやかに笑う。
「オーライ」
メガネの擬体が僕とナルオに向かってそれぞれ光球を撃ってくる。距離が近いので避けるだけで精一杯だ。
でかいやつは巨体には似つかわしくないスピードで部屋の対角に走る。
「クイック!」
二体はちょうど、ナルオを挟む形で、光球を撃ちだし始める。いわば超速のドッジボール。
「うわわわ!」
ナルオは避けるのに必死で自ら光球を撃ちだすこともできない。
しかも二体は、(僕たちは当たった瞬間に大ダメージなのに)互いの光球を左手で受けることができる。グローブ。ズルい。
「くっ…」
フリーになった僕は最高速で距離を詰める。でかいほうへ2ダッシュ。しかし読まれていた。小さいほうが僕の進行方向に光球を撃ってくる。そのまま床に姿勢を落とし、スライディングでかわす。
「ひゅー、ナイススライ」小さいほうが思わず声を出す。
立ち上がりざま、巨漢の腹めがけて至近距離でヒザ。続いてジャブ、ストレート。
巨漢は少しよろけたが、すぐに立ち直る。
うそだろ…。
ニコッ、とさわやかな笑顔を見せた巨漢。その左手には…バット。ヤバい。
僕は後ろに飛び、少しでもダメージをやわらげようとしたが、力まかせに振り出されたアッパースイングは速すぎた。両腕の装甲が「メキャ」という音を出してひしゃげるのがわかる。
「小谷、ナイスバッチン。うちで残るのは、お前かもね」
メガネの擬体が女の子の声で言う。
強すぎる。この野球巨人…。どうやれば勝てる?先に小さいメガネのほうをやるべきか?いや、その時にできた隙に、でかいやつの攻撃を食らったら致命傷だ。
ナルオが横っ飛びに飛んできた。
「アキ、大丈夫か」
「大丈夫。それよりも、どうする?」
「…逃げるか?」
逃げる、か。ちょうど窓を背にしている。窓から飛び降りても擬体ならばダメージにならない。それに、1Fにはおそらく、未咲とAOIがいるはずだ。
窓からはちょうど夕陽が差し込んで、僕たちの擬体の影がルームの反対側まで伸びている。
「いや…、いいこと考えた」
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