第三話 その名はDOG
僕は思い返す。
「承知のとおり、きみたち卒業生は選手として選ばれる可能性がある。もしも万が一、そうなった場合は、今までに
担任が檄をとばすと、
「オレを選んでくれれば、ぜったい優勝するのに」男子の誰かが軽口をたたいた。
「先生も教え子にハンドラーが出たら鼻高々だよね」女子の誰かが言う。
「そりゃあそうさ。クルセーダー…、いや、地区代表でも十分だが、そんなのがおまえらの中から出ようもんなら、先生は来年、校長になれるんじゃないか」生徒たちの笑い声が響いた。
ほんの二時間前。小学校の卒業を迎えた僕たち6年生は、最後の教室で、冗談半分に言いあっていたのだ。
僕と、親友のナルオも例外ではなかった。下足箱で、ナルオがネットに入ったままのボールを器用にリフティングしながら上気ぎみに話し始める。
「アキ、おまえ、ウチの学校から代表出ると思う?」
「う~ん、この地区は人が少ないから…、一人くらいは出るかもしれないな」
年に一度行われるクルセード・ロワイヤルに出場する選手、
ついに、僕たちの世代に順番が回ってきたのだ。
「ぜっっっっったいナイとは思うけど、もしもおまえが選ばれたら、どうする?」
「どうって…」
〈擬体を操る者〉を意味する「ハンドラー」。それに選ばれるのは、抜きんでた才能をもった子ばかりだ。それぞれ特化した能力を持つ「意志を持つ擬体」が、自分の操縦者として適した天才を選ぶ、と噂されている。
候補はおおむね、スポーツや格闘技が得意な子だと言われる。まれに囲碁や将棋の天才児なんかが選ばれることがあるそうだけど、スタジアムの本戦まで残ったという話は聞いたことがない。
「おれが選ばれるわけないよ。それよりも…」
「俺と…、
そのとおり。確率は低いが、この快活なサッカー少年・ナルオが選ばれる可能性はゼロではない。ナルオは小柄ながら5年生の内からサッカーの地区代表に選ばれ、今も代表で一桁背番号を背負っている。去年の地区の決勝で決めたボレーシュートは、伝説と言ってもいいほどだ。体格がもう少し大きくなればもっと上に行ける、と本人もよく喋っている。
「なりてえなあ、
だが…、それでも、そのナルオでも、ハンドラーは難しいだろう。そもそもサッカー選手が選ばれたという慣例は多くない。
それよりも確率が高いのは、もちろん―未咲だった。
未咲はクルセードに選ばれる条件(と噂されているだけだが)にぴったりだった。選ばれやすいと言われる「格闘技」―それも空手の組手チャンピオン。アキバディストリクトの1000人程度の12歳の中で、6人に選ばれる可能性は十分に高い。
未咲が、名誉あるハンドラーに選ばれたなら、素直にうれしいだろう。だが、万が一優勝してしまったらと考えると、胸がきゅっと縮んだ。一年前のスタジアムで、あの桜色の擬体をあやつった少年のように、消えてしまったら…。
「ま、ないとは思うけど、万万万万万が一選ばれたら、ツルっ!と優勝するから、期待しててくれ」
「・・・」
苦笑いを浮かべるしかなかった。優勝は困るんだよ。それがどれだけの栄誉だとしても。この世界から消えてしまったら、とっても困る。ナルオは僕にとって、かけがえのない友達なのだ。
僕はふるふると頭を振った。どうせ、こんな話も今日明日まで。きっと僕たちとは関係のないところで代表が選ばれ、それから予選の10日間は、勝敗が決した地区のニュースで発表されるのをへえ~と眺める。あとは例年どおり、本戦のスタジアムチケットの争奪戦に家族で参加するだけだ。
………と。
そう、思っていたのだ。ついさっきまでは。それなのに。
言いづらいなあ、と僕は思う。ナルオに、どう説明すればいいんだろう。
そいつ―黒い擬体は心なしか威張っているように、腕組みをして仁王立ち。しかも、僕の部屋のど真ん中で。ふだんは快適な部屋なのに、ものすごい圧迫感を感じる。
「いろいろ、質問がある。まず…」僕はベッドの端に腰かけて、嘆息しながら言った。「なんでおれが選ばれたんだ?」
「しらん」
役立たずめ。僕は心の中で毒づいた。
「まあ、たぶんお前がオレと、一番相性が良かったってことだ」
「おれはなんにもできないよ。格闘技なんて小1でちょっとかじっただけだし」
「Oh、気にすんな。なんにもできないってのは、これからなんでもできる、と同じかもしれねえ。NNO!」
…いったんこいつは無視して考えよう。
僕は、爪を噛みながら過去の知識を総動員する。
この世界・ティルナノーグは、『偉大なるクルセーダー』により守られ、維持されている。ティルナノーグを取り巻く宇宙には様々な邪悪があり、クルセーダーがティルナノーグに流れ込まないように阻止しているのだそうだ。年に一度クルセーダーをマグ・メルに旅立たせることで、その秩序は維持されている。
その偉大なるクルセーダーを決める―そして、各地区の威信をかけた大会が、「クルセードロワイヤル」。出場するのであれば、それなりの「結果」がほしい。あっさり負けようでもしたら、ただでさえ陰キャの僕がどんな白い目で見られるか…。そして何より…未咲にあきれられるのが怖い。
もしも地区大会で勝ち残ることができれば御の字。さらにそれが「優勝」とでもなれば、長年語り継がれる伝説の存在になってしまう。
しかしその反動だろうか、地区の予選で人知れず負けてしまったりすると、一転「ダメな子」扱いに格下げされてしまう。ちまたには、クルセード・ロワイヤルで敗退した子どもたちは本来持っていた才能を奪われ、普通の人として生きることになる、という噂まである。
誰もがその成り立ちと栄誉を疑わないクルセードロワイヤル。
だが…僕は幼い頃から、どうしてもしこりのような違和感を感じていた。
別の世界として存在すると言われている「マグ・メル」とはどんなところだろう?本当にそんな世界が実在するのか?クルセーダーはどのような生活を送っているのだろう?
そして何より、クルセーダーは誰も帰ってこないのに、なぜ知っているのか?
…それらは、ティルナノーグの民すべてにとっての謎であり、ある面では憧れであった。だが。
その『謎』について、世界全体が黙殺している。「神事」に疑義を投げかけるような発言はしないほうがいい、いわば
ともあれ…だからといって、逃げられるものでもない。
前向きに、優勝の可能性について考えてみる。54人の選手の中で一人だけ生き残ること。確率にすると、たったの1.85%。さすがにそんな戦いに勝てるわけない。…と思ったものの、ゲームの大会は100人以上がエントリーして、勝者は(僕)一人だったりする。なくはない…のか。
「たぶん、勝てるぜ、元気だせ!…略してTKG!」
…いやいや、やっぱり全然ダメだ。
そもそも僕に戦えるイメージは無いし、どう考えてもこの擬体は54体中、最悪だ。はあ。
「で…」擬体がひとしきり説明し終わると、僕は言った。
「まず、お前はなんて名前なの?なんて呼べばいいの?」
「名前?わからん。オレのReadme.txtには名前など書いていない」
なんだよReadmeって…。マジでこいつ、偽物の擬体なんじゃないだろうか。もういっそ、僕が選ばれたのはなにかの間違い…であってほしい…。
「名前は、お前が勝手につければいい―OKT!」
想定以上に投げやりな答えが返ってきた。それならそれで…今までのイライラをぶつけてやるチャンスだ。
「へええ。じゃあ、『誰だかわからん、おバカな、擬体』でDOG―ドッグって呼ぶわ」
「なにッ!!」
ふふふ、精一杯の揶揄をこめて言ってやった。
「それはいい名だなッ!!やるじゃないかアキハル。よし今日からオレは“DOG”だ」
意外なことに擬体は喜んでしまった。
擬体は言った。
「おそらく今日から明日にかけて、全ての擬体のハンドラーが決まる。戦いが始まるぞ」
うう、めんどい。家から出たくない。ゲームの中でだけ戦っていればいいじゃないか。僕は心からそう思ったのだった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
主人公とカルい口調の擬体は、はたしてこれからどんな戦いに巻き込まれていくのでしょうか。そして次々に現れる総勢54人の擬体や
それは、あなたも知っているあのアスリートと関係があるかもしれません…!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます