第十話 アイドル

たのもしい“騎士たち”の擬体は、1日で多少回復した様子だった。グリーンヘッドの破砕されたアゴは、まるで卵の殻が薄皮でつながっているように、なんとなく元の形に近づいていた。

アキの黒い擬体はドッグという名前らしい。そしてハンドラーのアキとは真逆で、異様に“カルい”。話の本筋と関係のないダジャレをしつこく言うので、何度か「黙ってよ」と言いたくなったが、「血気けっきゆうをいましむるべし」という道場訓を唱えて耐えた。ドッグも、すでに右腕のチューブがほぼつながって、なくなった装甲も少しずつ直っている様子だった。


昨夜、両親にはロワイヤルに選ばれていることを伝えた。武道家である父は、運命の中でベストを尽くせと言った。母は、「みさっちゃんなら絶対に優勝できるよ!」と喜んだ。

二人には、『敗けたら消える』ということは言わなかった。いずれ分かることだと思った。


運命。どうしてこの運命は、私たち三人に降りかかってきたんだろう。未咲はベッドの中で天井をにらみながら考えた。


幼馴染として出会った三人。実は、1年生の最初の頃、ナルオもアキも同じ空手道場に通っていた。二人とも運動神経が良かったので、組手はすごく上手だった。しかし、残念ながら飽きっぽく、ことに「形」が苦痛だったらしく、ナルオはサッカーに、アキはただ辞めてしまった。

空手が楽しくて続けたかった未咲としてはさびしかったし、二人に辞めずに続けてほしかった。だが、「競技は人を選ぶし、人は競技を選ぶ権利があるから、止めちゃいけないよ」そう、父は言ったのだった。


三日目も騎士たちに送られ、道場に来た。

ひとしきり組手の稽古が終わったところでインターバルになった。

今日はことさら喉が渇き、水筒がカラになってしまった。何か飲み物を買おう…と、道場の通用口を出た。その先には、自販機やソファが並ぶ、ビル共用の休憩エリアがある。大人たちがタバコを吸っているときがあるのでなるべく行かないようにしているのだが、今は誰もいないようだ。


いや、いた。


ピンクの電話機でひそひそと何かを話している少女。あまり知られていないが、このビルの上の階は、芸能事務所なのだそうで、所属しているタレントをたまに見かける。


赤いスプリングコートに同系色の帽子。肩の上までの栗色の髪がかわいらしい。眼鏡をかけて少し変装しているが、オーラが隠し切れない。

少女は、そう、誰もが知っている。AOI。今年デビューして、瞬く間に圧倒的な人気を博した、トップアイドル。「なんとかルージュ」という歌がそこかしこで流れている。曲自体は嫌いではなかったが、未咲は、アイドルという存在にはまったく興味がなかった。


有名人なのだから、人にジロジロ見られるのはいやだろうと思い、あえて見ないようにした。

ピンク電話の脇を通り、自販機にコインを入れようとしたその時だった。AOIの声が聞こえてしまった。

「早く調べてよ、残りのハンドラーがどこの誰なのかわからないと、危ないじゃない」


チャリィーン、と未咲がコインを落とした音が、ビルの廊下に響いた。


AOIと未咲の目が合った。未咲は悟った。勘。互いにハンドラーであることが―バレた。


AOIの顔は恐怖と緊張にゆがんだ。唇がけいれんのように震えると彼女は躊躇なく言った。

「ビギンバトル!」


“2メートル以内で一方がインテグレーションすると、もう一方も強制的に擬体がアクティベートされる”――そのルールの通り、二人の身体が同時に光に包まれると、後ろから急激に引っ張られたような感覚に襲われる。


くっ、慣れない。早く敵を認識しないと…。

「落ち着いて」

未咲の擬体・ダイヤのクイーンはいつも通り落ち着いた声で諭す。

「落ち着いていれば勝てるわ」


AOIのインテグレーションのタイミングもほぼ同じだった。赤い、女性型の擬体。


AOIはすぐに襲いかかってきた。左右に高速のステップを踏みながら瞬時に間合いを詰め、未咲の死角に入った。脇から一閃。未咲は右手で攻撃をはらい落した。下段払い。はじかれたAOIの腕が自販機をへこませた。未咲はそのまま体を反転させて、後ろ蹴りを炸裂…させたはずだった。


赤い擬体は、まるで磁石のN極とN極が反発するように、と後ろ蹴りを“ずらした”。たしかに少しステップを踏んだようにも見えたが、直撃コースだったはずだ。

この擬体、なにか変だ。だが。

AOIは、「はーっ、はーっ」と大きく肩で息をしている。運動量が多くて息が上がっているのではない。明らかに、緊張と恐怖に支配されている。


あまり時間を与えると、相手がペースを取り戻すかもしれない。短期決戦だ。未咲は思った。私だって、アイドルと戦いたいわけじゃない。だが、ナルオとアキに約束したのだ。私は戦って、そして生き残ると。


未咲は組手の構えをとりながら思った。擬体は生身よりも相当大きく、ビルの中だと狭い。空手の間合いをつぶされると厄介だ。

上段や中段への回し蹴りは避けたほうが良い。脚を取られるとまずい。試合ならば「め」がかかるが、実践ではそうはいかない。素早く戻れる攻撃のみに徹するほうが良いだろう。


上段への突き、それをフェイントにして飛び込む。沈み込んで中段への逆突き。未咲は知っていた。私のこれは、素人には絶対に避けられない。

擬体の白い拳が赤い腹に突き刺さるその瞬間、また「ぬるり」が起きた。赤い擬体は衝撃で大きく後ろによろけたものの、直撃ではなく、踏みとどまった。代わりにピンクの電話がエントランスまで吹っ飛んだ。


やはりおかしい。


「ここじゃビルが壊れるわ。外に出ましょう」

未咲は構えを解かずに言った。

「迷惑がかかるわ」


赤い擬体がぼんやりと輝いたように見えた。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

ここまでお読みいただきありがとうございます!

たびたび登場していた大人気アイドルのAOI。

彼女の擬体とは?そして未咲との対決のゆくえは…


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