第八話 スクランブル(1)

僕たちは擬体から戻ると、靴を脱ぐのももどかしいほど焦りながら、ナルオの家のリビングのテレビの前に駆けこんだ。


テレビでは赤ちゃんのキャラクターが料理をする番組が放映されていたが、すぐに警告音が鳴り、//ニュース速報// というテロップが出た。


≪アキバディストリクト、スペードの7・長良彰浩くんが敗退。アキバディストリクトのハンドラーは残り5人≫


「それだけか」

ナルオと僕は顔を見合わせた。

「俺の部屋に行こう」


階段を駆け上がり、ナルオの自室に入る。自室と言っても、まだ小1の弟と寝る二階建てベッドが鎮座している。

「まず俺の擬体を呼び出す」


ナルオが「アンジップ」と唱えると、緑色(っぽい)色のアイツが現れた。


「おい、グリーンヘッド、これはどういうことだ?」ナルオが怒気をはらんだ声で詰問する。


「どういうこととは、どういうことだ」グリーンヘッドは鼻にかかったかすれ声で言う。

「なんで長良の弟は消えたんだ?戦いに負けると消える、なんてことがあるのか?」ナルオがまくしたてた。

「大会の要綱は毎年変わっている」グリーンヘッドは悪びれずに言った。「のだろう」


そ、そ、そ、「そうなったのだろう、じゃないだろ!!!」思わず僕も怒鳴る。


「長良の弟は…、どうなったんだ?死んだ…のか?」

「そうだな。この世界にはもう、存在しない。そういう意味では、『消えた』が正しいかな」

鼻にかかったかすれ声がムカついてきた。それを死んだというんじゃないのか。

ナルオも僕も、声を発することができなかった。


全然、違うぞ。


今までの戦いとは、全く違う。根本的に、その意味が。


グリーンヘッドが言ったことがそのままだとしたら、途中で敗北していくハンドラーたちは、ことごとく消えてしまう。あとかたもなく、擬体はもちろんのこと、元の身体も、文字通り消滅する、ということだ。


吐き気がした。

これはだ。

誰かひとりしか生き残れない…いや、その最後の一人までもが結局どこかに消えてしまう、〈誰も得をしない〉ゲームだ。僕も、ナルオも、そして…未咲も消える、パーフェクト・マルチ・バッドエンディング。


ナルオと僕は、沈黙した。なにか、思い違いがあるのではないか。「なあんだ~」みたいな勘違いがあるのではないか、と思索してみたが、何も思いつかなかった。

心が考えることを拒否している。強烈なもやがかかるような感覚が残る。


ナルオがつぶやいた。

「アキ、これを知ってるのは、俺とお前だけなのかな」


問われて答える。

「いや、他の地区でも戦いが始まってるかもしれない。目の前で消えたやつがいたら、おれたちと同じことをする―つまり、擬体に確認するだろう」

「だとすると、他の地区のやつらは、これからどうすると思う?」


それは大きな問いだ。ゲームの根本が崩れた今、戦い方は大きく変わるはずだ。生き残るための全力。少なくとも、気軽に決闘デュエルしたり、うかつな遭遇戦はできないだろう。


「どこをどう考えても、ハッピーな方向は無さそうだ。どうする?」ナルオが言う。

僕もそれを考えていた。不幸の中の、せめてもの、最良の手…。


長い時間のあと、僕は答えた。

「優勝する、のが一番…だと思う。未咲かナルオが、スタジアムで優勝して、クルセーダーとして生き残る。そうできるように最善を尽くす。具体的には…」

僕はなるべくはっきりと言う。

。秋葉原の代表を決めるのは、そのあとでいい」


ナルオは真剣な顔で僕を見つめ、そして頷く。

「俺もそうだと思った。ちょっとズルいけどな。3人の誰かが優勝する、これが最低限。できれば、姫を優勝させようぜ、俺たち騎士ナイトで」


大好きなナルオ。僕は目が潤むのを感じた。

「ナルオ、ありがとう」

素っ頓狂なことを言ったと自分でも思った。


だけど、そうとしか言いようがなかった。ありがとう。


だって、ナルオだって、泣いてるもんな。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

ここまでお読みいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

「DOGs」はここからが本当のスタートです。彼らの壮絶バトルを、引き続きお読みください。

また、このタイミングで★やレビューをいただけるとたいへん励みになります!!

雪平つつ

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