第七話 俺が代表だ

黒い擬体、ブラッキーは光る棒―明らかに刀に見える―を構えた。


マズイ。とどめを刺す気だ。


僕はブラッキーに向かって全力で走りながら、小声で「ビギンバトル」とつぶやいた。光に包まれ、目を開いたときにはブラッキーに激突する瞬間だった。


「ぎゃっ!」という声とともに、ブラッキーと僕(の擬体)は道路に横倒れになった。

ブラッキーは急いで立ち上がろうとした。その瞬間、地面を払うように足払いをかけてもう一度転ばせた。

「お前ッ!」

ブラッキーが四つん這いの姿勢からつかみかかってきた。巨大な虫のようだ。怖ッッ!

僕はなるべく勢いをつけて後ろに飛びすさろうとした。が、それはなぜか迅い“バク転”になり、僕は構えの姿勢で立った。あ、このチャンスもったいない。


すかさず立ち上がろうとするブラッキーに前蹴りを放った。僕の、突進するような蹴りがあごの位置に入り、ブラッキーは後ろに吹っ飛ぶ。

「てめえ、許さねえぞ」

ブラッキーは道路をバンと叩くとその勢いで立ち上がった。

あらためて構えると、先ほどとは打って変わって隙がない。この構え…剣道?


ブラッキーは正直、ヘンな形の擬体だった。ややトンガリ頭で、まるでロン毛みたいに肩に向かってスロープしている。それに、全体的に小太りだ。とはいえ、動きづらいというほどではなく、どちらかというと頑強さを感じる。僕の、(口調も)軽い擬体では力負けしている印象だ。そう思うと、急に怖くなってきた。このまま戦ったら負けるのではないだろうか。そもそも、格闘技の経験などほとんどない僕は、どう戦えばいいのだろう?


互いに黒っぽい擬体同士、夕方の住宅街に対峙する。


僕は必死で考える。

向こうが剣道を得意とする擬体ならば、踏み込んできたらなかなか避けきれるものでもない。間合いはかなり広めにとらねばならない。

すり足で半歩後ろに下がる。


だが…どうする?この間合いでは攻撃はできないぞ…。


「お前…知らないやつだな。誰だ?」ブラッキーは構えたままで言った。

「お、お前こそ誰だ!」僕は思わず叫んだ。緊張しているため、わめいているように聞こえただろう。


「わかんねえのかよ。末広小の長良兄弟って知らない?」

いや、全然知らない、と思ったが、なんとなく悪いので黙っていた。


「一応剣道では名の知れた…というか、去年のクルセード・ロワイヤルで地区の最後まで残っていたのが、俺の兄ちゃんだ」


!!


僕は合点した。


昨日今日にハンドラーとして決まったわりに、行動が早すぎるのだ。もう地区内の別のハンドラーを襲撃しに来るなんて、事前によほど作戦を練っていたか、誰かの入れ知恵が無いと無理だ。だが、アニキがハンドラーだったなら別だ。

おそらく、ハンドラー候補を事前に調べていたんだろう。ナルオが選ばれたと知ったか、カマをかけに来た。予備知識があるなら、叩くなら早いほうが良いと考えるのも自然だ。


「兄ちゃんは惜しいところで代表になれなかった。俺はなる」

ブラッキー改め長良・弟はゆるやかに振りかぶった。手の先に光の棒が見える。あんな武器があるなんて卑怯だろ…。

「というわけで、誰だかわからないが、そのひょろい擬体、叩き潰すぜ」


次の瞬間、ゴオ!という風切り音と共に、光の剣がまっすぐに突っ込んできた。バックステップ!僕は限界的に速いバックステップをイメージした。二回!

僕の擬体は一挙に5~6メートルも後ろに飛び退り、かろうじて打突をかわした。


「逃げてばっかりじゃダメなんじゃないの?」

長良・弟は小バカにしたように言った。

「なんか技もってんなら出してみなよ。剣道には勝てないけどね」


剣道三倍段。なにかで読んだ。ほかの武道が剣道と戦うには、三倍の段位が必要だという話。

ズルいよ、武器もってるじゃん…。しかも先ほどの打突、後ろに道路が伸びていたからよけられたが、壁があったら喉ごと突き刺されていたぞ…。


長良・弟は今度は構えを変えた。そしてすり足で距離を縮めながら、徐々に横にずれて行く。退路を、ふさぐ気だ。

そうはさせるか、と僕がサイドステップした瞬間、「そいやぁ!!!」というかけ声と共に黒い塊が飛んできた。

読まれていた。というか、そう仕向けられた。避けられない。剣は右から脇腹へ向かう。折りたたんだ右腕でガードする。

ベキャ、と音がした。熱ッ!と思わず声が漏れるような、鋭い痛み。右腕の装甲が、バラリと道路に落ちた。


右腕から、透明なチューブの束みたいなものが見えている。チューブは少なくとも見えているところはほとんど切れてしまっていて、外にはだけている。そういえば擬体の装甲の下は透明なチューブの集合体なんだと思いだした。ブラッキーはすぐにバックステップして間合いを取りなおす。


自分の身体ではないのに、右腕がもうオシャカであることがわかる。そしてさらにマズイことに…。壁を背負ってしまった。


どうする?答えが出ない。そもそもこの擬体で何ができるのかも理解していないのだから当然だ。アニメや漫画だったら、こんなピンチの時に敵が「ふっふっふ、追い詰められたぞ、どうする?今こそ積年の恨みを…」とか、長口上を言っている間に逆転する策を仕込めたりするものだけど、長良・弟は待ってなんかくれない。


ブラッキーの剣先がゆらりと傾いた。来る。左腕をくれてやるしかない。

僕が観念して目をつぶった瞬間。


ボゴォッ!!!という破裂音がした。


ハッと目を開ける。ブラッキーがいない。どこだ?あたりを見回すと、遥か数メートル右にへんな恰好でへたり込んでいる。


何が起きた?


「やっと使い方がわかったぜ…」

視界にゆらりと緑色(っぽい)の擬体が入ってくる。

「すげえな、威力抜群だ」

かすれた声で、ナルオ…いや、グリーンヘッドは言った。


とどめを刺さないとまた復活してくるぞ!僕が言うのと同時だった。

目の前で、ナルオの擬体はふわりと空中に跳ぶと、ボレーシュートのように蹴りを繰り出した。その時、僕にはたしかに見えた。ナルオの足先から光るボールのようなものが射出されるのを。


ドン!という音と共にボール―光の球なので光球と呼ぼう―の直撃を食らったブラッキーの身体は弾け跳び、空中で一回転した。ボールというより、大砲だ。

頑丈そうだった胴体の装甲は破砕され、頭部も基盤らしい中身が丸見えで、ひしゃげていた。もう、動ける様子はない。


「すごいな、ナルオ。どうやって出したの?あの光る球…?」

「さっき黒い擬体が剣みたいのを出してただろ?それで気づいたんだよ。擬体は得意なスポーツをベースに戦うようになってる、じゃあ俺にはボールがあるはず!ってさ」


「ひ、卑怯だぞ、二人がかりで!!」


ふいに後ろから声がして驚いた。

振り返ると、坊主頭の目つきの悪い少年が烈火のごとく怒っている。こいつが…長良・弟か。擬体から体に意識が戻ったのだ。


ナルオは負けじと言い返した。

「なに言ってやがる!お前こそ最初不意打ちだったろうが!!」

長良・弟は聞いていない。

「くっそ!くっそ!なんでこんなところで!!俺が代表になるはずだったのに!!」


長良・弟は悔しさのあまり泣き出した。その様子が子どもっぽくて、思わず笑ってしまった。

長良の擬体・ブラッキーを見ると、もうすでに下半身は霧散し、破砕された胴体が霧になっているところだった。霧の色は本体よりも少し青く見えた。


「これで俺の人生は台無しだ!!しみったれた、おやじみたいな人生を送るんだ」

長良・弟は泣いた。そして、「くそッ!!」ともう一度地団太を踏…もうとして、バランスを崩して地面に倒れた。



「え?」


本人も、ナルオも僕も、顔を見合わせた。

そうしているうちに、長良・弟の左足もが、消え始めている。


「嘘だろ。感覚が無い。消えて…」


長良・弟は、彼の擬体とまったく同じように、もう下半身を喪っていた。


「え?え?やだ、やだよ?」

残った両腕で地面を後ずさる。


「なんで消えてるんだ!?」ナルオがつぶやく。


長良の目の前で、手先が消えていく。

「いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。いや。」

長良・弟はまるでどこかに逃げ出すように、あらぬ方向を向いて、口から泡を吹き始めた。


「兄ちゃん!!兄ちゃん助けてえええええええ!!!!」


数秒の後、長良・弟は、消えた。あとかたもなく。

擬体が倒れていた場所に、「スペードの7」を示すカードが一枚、残されているだけだった。

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