第六話 ゴングはすでに鳴っている
「なるべく生き残るためには、地区の他のハンドラーたちがつぶしあうのを待つのがいいと思う」
僕は冷静を装いつつ、面倒をできるだけ避ける作戦を提案した。
現時点では三人には具体的な知識も方針も無い。
三人が擬体のハンドラーであることは、なるべく知られないほうが良いだろう。しばらくは様子見に徹し、襲撃されないように、可能なかぎり一人での行動を控える。三人はそう結論づけた。それから先はおいおい…。
「でも、道場にはできれば毎日通いたいの」
未咲は申し訳なさそうに言った。
「道場で体を動かしているほうが無心になれるし、それに、そのほうがいざというときにもいい気がして」
たしかに、道場で鍛錬を続けているほうが、未咲にとってはいいだろう。
「じゃあ、毎日道場まで送ろう。一緒に行くよ」ナルオは言った。
「帰りはどうする?」
「帰りは大丈夫だよ。道場からウチまで5分もかからないし、時間が遅ければ(敵ハンドラーの)子どもはそもそもあんまり出歩いてないと思う」
「いや、なるべく迎えに行ったほうがいいよ」僕は主張する。
「たしかに。終わるのは7時だったよな。暗くなる頃だし、行くよ、俺たち金角銀角で三蔵法師をお守りするぜ。…三蔵法師のほうが強いけど」
未咲が笑ってくれたので、僕たちは満足する。金角と銀角って敵じゃなかったかな、と思いながら僕も笑う。
「金角銀角より、
僕たちは道場に向かって歩きながら話し続けた。
道場は、ちょうど学校と僕たちの家の中間あたり、駅とは逆側の比較的大きな通り(正平橋通りという)沿いにある。通りにはトラックがたくさん通行しているが、人通りはあまり多くない。
「さすがに今日明日はバトルは起きないと思う」
信号待ちをしながら僕は言った。
「まだハンドラーは全部決まっていないかもしれないくらいだし、ハンドラーになったからと言っていきなり誰かを襲うようなやつもいない。そんな12歳いないよ」
もっともだ、と二人は頷いた。
とはいえ、不安はぬぐえない。道場の少し先から、別の学校の地域になる。まだ見ぬ3人のハンドラーはおそらく、そのどこかにいるのだろう。
やがて道場に到着した。一階が空手道場になっていて、二階以上はどうやらタレント事務所になっているらしい。
「ありがとう。二人も気を付けてね」
未咲は、まじっ…と僕たちの顔を見て、少しほほ笑んだ。
未咲は、すごい子だ。空手の名手とはいえ、女の子だし、心細いにちがいないのに。
昨日味わったように、擬体でのバトルは、僕たち子どもの肉体感覚では計り知れない莫大なエネルギーを伴う。
自動車くらいなら簡単に破壊できるし、電柱を引き倒すなんてこともできると聞く。屋根までジャンプするやつもいたそうだ。
擬体同士とはいえ、もやしっ子の僕にとっては正直、怖い。
未咲を見送ると、ナルオと僕はしかたなくきびすを返し、帰路につく。
大通りから角を曲がり、「恋坂」と呼ばれる長い坂を上ると、住宅街が始まる。同じような家ばかりなので通りの入口には番号が書いてある。ナルオの家は3番通り、僕の家と未咲の家は4番通りだ。ちなみに、ナルオの家は僕の家のほぼ真裏に位置する。
3番通り、と書いてある無個性な曲がり角で僕たちは別れた。家までは30メートル程度。パジャマでも出歩いちゃうくらいの距離だ。
「気をつけろよ」ナルオが立ち止まる。
「アキ、正直お前…あんま強そうじゃないし、擬体も頼りになんねえっぽいし。俺が、守ってやっから」
こういうところが、ナルオなのだ。もって生まれた兄ちゃん気質。
「大丈夫。…いや、大丈夫じゃないだろうけど、ナルオこそ――がんばれよ」
勝ち残れ、とは言えなかった。僕が「ハイ消えた~」となった後、未咲とナルオ――このどちらかが敗退する。それは僕が決めていいことではなかった。
4番通り、の角を曲がった。道の真ん中に灰色の猫が座っていた。こっちを見ているなあ、と思いきや、ビクリと耳を動かし、通りの向こうを見やった。ビギンバトル!という甲高い声。その直後に、ガンという打突音が聞こえた。
僕は今来たばかりの道を全力で駆けもどった。3番通りの角を曲がると、通りの中ほどに黒…いや濃紺の擬体らしきものが見えた。ナルオのではない。敵だ。そう直観した。
敵?はちょうどナルオの家のあたりを見据えて立っていた。こちらを一瞥したが、すぐに向き直った。ナルオは?…いた。光に包まれて家のそばの道端に転がっている。インテグレーションはできているのだ。
ナルオの擬体はどこだ?おそらく敵が見ている先にいるのだろう。
僕は、ただの子どものフリをして近づいた。
黒い擬体はおかまいなしだ。
手の先から、なんだか長細い光が出ている。棒?
ナルオの(緑っぽい)擬体は、どうやらナルオの家のブロック塀に衝突したようだった。崩れたブロックに埋まるように倒れている。どうも、ケガ(?)を負っているようだ。
黒い擬体(ブラッキーと呼ぼう)は手の棒を構えて振りかぶった。
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