第五話 廃屋のスパーリング

「うそだろ…。この三人で互いに戦うのか…?」

ナルオが嘆息した。

「せっかく、ハンドラーになれたのに。弟も喜んでくれると思ってたのになぁ…」


未咲は眉間にしわを寄せて考え込む。僕は未咲のそんな表情をぼんやり見ていた。どうしよう。どうなるんだろう。


「正直、最後の最後は未咲の回し蹴りに負けることになっても、しょうがないとは思うさ。だけど、アキとオレとで戦ってどっちが勝っても負けても、すっげえイヤな気持ちになるな」

「うん」僕は思わず相槌をうつ。「もうすでに、イヤな気持ちだよ」


考え込んでいた未咲が、口を開いた。

「ためしに、戦ってみたらどうかな」

透き通った芯のある声が静かな廃屋に不似合いに響く。

「空手の組手練習みたいに。どんな気持ちか、ためしてみないとわたし、わからない」


「ためしに…とは言っても、もうクルセードロワイヤルは始まってるんだよな…?擬体で戦ったりしたら、勝敗がついちゃうんじゃないか?それに…擬体って破壊力が人間の10倍あるんだろ?危なくない?」

僕は不安を隠しきれずに言った。不安はたくさんある。中でも二つ…早々に幼馴染の二人にやっつけられてしまうという不安。もう一つは、誤ってという不安だ。だって…。


「昨夜、擬体が言ってたの。擬体は相手がただの人間だと戦わないようになってるって。だから、もしも『危ない』って思ったら、『エンドバトル』と言えば強制的に止まるはずじゃないかな」


「なるほど!」

ナルオが感心して頷いた。

「そうだな…。どっちみち擬体に慣れたいし、いっちょやってみるか、まずは練習試合スパーリング


まだ問題があるような、もやもやした気持ちを抱えながらも、はっきりと言葉に出せず、流れに抗えない。三人で近寄って、擬体化することになってしまった。


「アキが言ってよ」

「え?ナルオが言ってよ…」

「オレ?まあ、じゃあ、行くよ。『ビギンバトル』」


意識が一瞬で飛ぶ。目を開くと3人の身体が折り重なるように倒れるのが見えた。未咲の身体が下じきになってしまわないか心配したが、大丈夫だった。下敷きはナルオだ。


カッと体の芯が熱くなるような感覚。擬体に入ったときの独特な感覚―、万能になったような…どこまででも走れるような…なんだか…『戦いたくなる』気持ちを覚える。未咲やナルオも、同じなんだろうか。


目の前に小柄な、緑色っぽい擬体が現れた。やや頭でっかちで、おでこがツルっとしている。だが、特に両足が頑健で、走るのが速そうな印象。これが…

「これがオレの擬体。『グリーンヘッド』って呼んでる。あたりまえだけど、サッカーがうまいっぽい」

ナルオの声がした。


続いて、白い、女性型の擬体が立ち上がる。ボディ部分は艶やかに真っ白だが、随所に黒いライナーが入り、ボディラインが美しく際立っている。長い手足。擬体特有のずっしりとした重量感と相まって、美しいだけではない―はっきりと、強そうだ。

「わたしの擬体。話すとすごく気が合うの。あと、歩くときにかかとで歩くのがわたしとおんなじ」

未咲の声は、この擬体にとてもよく合ってる気がする。


なんだかうらやましい。僕は思った。僕の擬体の、へんな三文字の略語やこっちのキモチを無視した軽口には辟易する。

「アキのは…なんというか…悪魔っぽいな」ナルオ(の擬体)が微妙な表情で言う。


わずかではあるが、僕の擬体が三人の中では一番背が高い。そして痩せて(?)いる感じだ。

「たしかに。ちょっと変わってる感じだね」

未咲が白い擬体を通じて言う。


「強いぜ、この擬体は。TKG!!」俺の擬体が勝手に言った。

「あ、今のはおれじゃないから…」僕は否定する。


インテグレーションを行うと、擬体はほとんど、自分の身体のように自由に扱える。生身と違うのは、「動かそうと思ったら生身よりも断然よく動くこと」と、「動かそうと思ったとき以外は動かないこと」だ。驚いてもびくっとしたりしないし、反射?で動いてしまうみたいなことはなさそうだ。

ただ、僕の擬体は残念ながら、たまに、勝手にしゃべりやがる。


怪訝な表情の二人(の擬体)に照れ隠しで言う。

「じゃ、じゃあ、どうする?」

「よし、まずはアキ、男子同士でやってみるか」ナルオがおっかなびっくりで言う。


腰が引けるがやむをえず、一応、構える。ナルオの擬体がトントンと軽くジャンプすると、緩くパンチしてきた。ガードする。続けて2,3のパンチが来たのでガードする。

今度は逆に、こちらから。弱パンチ、のイメージで速いパンチを打つ。

「うぉっ、速っ」

パパン、と成男の擬体の胸に当たる。弱パンチのいいところは速いところだもんな、と僕は納得する。


ナルオは、切り替えるように言った。

「今度はちょっと強く行くか」

え、いやだよ、と言う前に、ナルオの頑丈そうな脚が跳んできた。サッカー仕込みのミドルキック。とはいえホンキではないはず。

左腕でガードすれば大丈夫だろう。


ドン。


衝撃に耐えきれず真横に吹っ飛んだ。

つき当たった廃屋の壁は、僕の擬体を支えきれずに突き破られ、土煙をあげてはりが崩落した。

「ぐ…へ…!!」

なんだこれは。電柱で殴られたみたいにものすごく重い。そして“痛み”。

擬体は全身が薄い装甲に覆われているが、装甲が破壊されなくても痛みを感じる。生身の人間(犯罪者)と戦ったときには全く感じなかった。これが擬体の攻撃力か…!


それに…。僕は崩落した廃屋から這い出ながら思う。


周りにおよぼす影響が、生身とはまるで違う。自動車同士で戦っている感じ?いや、もっと危険で、もっと強烈だ。

「こ、こんな危ないもので、戦うなんて…」僕は嘆いた。


「だ、大丈夫かアキ!?」

ナルオが驚いて駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫。ただ、痛い!想像よりも痛い」

「ごめん!まだまだ軽く蹴ったつもりなんだけど…」

ホンキで蹴ったらどのくらいのダメージだろうか。そして痛み。


誰かが言っていた。人間は鍛えれば、攻撃はどんどん強くできるが、防御には限界がある。兵器も同じで、攻撃だけはどんどん強くなっていく。そして擬体は戦うためのもの。いわば、兵器だ。


「これは…危ないね。もうやめよう」未咲が言う。そうしようそうしよう、と僕はさっさと擬体を解除した。


「いや、」ナルオが首を振る。「もうちょっと試してみないと。未咲、ちょっと攻撃してみてくれないか?」

「やめておこうよ」生身の僕は弱気な声を出す。

「未咲だって、試したほうがいいだろ?」ナルオは未咲の擬体に向きなおる。


しかし。

未咲の擬体がすっと沈み込み、腰を落とした半身の構えを見た僕らは、後悔する。白い擬体から立ち昇る闘気。そしてどこから攻めても反撃を食らうことを覚悟せねばならないような、すきの無さ。

圧倒的に強い存在を相まみえたとき、覚える感情…これが「恐怖」だ。


ナルオの声が緊張する。

「ちょ、やっぱりやめよう。え、エンドバトル!」


2、3秒待っても、ナルオの擬体は、解除されない。


「あれ?」


「少し、離れてみたら?」僕は提案する。

数メートル以上の距離をとると、擬体はそれぞれ解除された。


未咲は、生身に戻るときの不快感でしばらくうつむいていたが、ふうと息を吐くと言った。

「こんなので直接戦ったら、たいへんなことになる。私には、あんたたちを、打てない」


大いに同感。未咲に叩きのめされるのを喜ぶ趣味はない。

「オレも、直接おまえらと戦うのは無理だ」擬体を解除したナルオもうなだれる。

「未咲と戦うのはなんというか、いろんな意味で、無理。そんで、アキを蹴るのもサイアクな気分」

「本当にそうだね。だけど…」未咲が困惑した表情をする。

「なんか、擬体に入ってるときは、ちょっと攻撃したい気分になった気がする。戦いたい気分っていうか」

「それあった。オレも」

「ますます怖いよ」


戦うための体。それを、擬体同士とはいえ、親友と…好きな女子に使うことはできない。僕はずっとそう思っていた。


「それに、さっきなんで解除できなかったんだ?」ナルオが口を尖らせて言った。「『エンドバトル』って叫んだのに」

「それなんだけど」僕は言う。「擬体バトル中は、解除できないんじゃないかな?そもそも擬体って擬体同士で戦うためのものだし、戦闘中に勝手に解除されたら、永遠に勝負がつかなくなる。それに、攻撃されている時は『危機』にも相当するから、解除したら生身がよけいに危ないかもでしょ?」

「な、なるほど…」ナルオが驚いた顔で得心する。

「アキ、頭いいね。見直した」未咲が言ったので、僕は少し照れた。おそらく顔が赤くなっただろう。

「やっぱり危ないね。わたし、ちゃんと扱えるか不安だな…」

「そうはいっても、クルセード・ロワイヤルには参加しないとならないし」ナルオは珍しく深刻そうに眉間にしわを寄せて言う。

「それに、明日以降、別のハンドラーが襲ってくるかも」


三人の沈黙。


「とりあえず、おれたち三人が直接戦わなくてもいい方法を、考えようよ」僕はようやく、言った。


破壊された廃屋の窓ガラスが、がしゃりと崩れ落ちた。




- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

ここまでお読みいただきありがとうございます!


いよいよ導入はここまでです。ここから先はノンストップ!!

まずは 第十話「アイドル」 まで一気に読んでしまってください!!


また、★レビューや、応援コメント、辛口のご指摘もドシドシお願いいたします!!

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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