第八話 いがみあい

「とにかくいったん、遺恨は忘れようよ。お互い。お互いな」


擬体とギャップのある少女声で、川西つばめがを言う。


「忘れられねえよ!」僕はわめく。「それにこいつは!おれの大切な友達を二人も殺した!!」僕は結城を指さす。


「しょうがないじゃん、そういうルールだったんだから…」つばめが言う。

「それに、生き残るのが仲間への何よりのはなむけでしょうよ」


「どの口が言う!!お前だって刺客を送りこんだ挙句にナルオを…親友を殺した!許さねえぞ!!」僕は吠える。


つばめはやれやれというジェスチャーをして結城を見やる。

「あんたからも何か言ってよ。こいつバカだし、あたしの言うこと聞かないから」


結城の擬体の表情は読めない。ただこちらを見下ろしている。いけすかないヤツ。こんなや…

「アイドルの子は」結城がぼそりと言った。「弱かった」


「なにをッ!!」僕は振り下ろすようなフックを放った。しかしそれはまた、鈍い感触ではじき返された。「やめろってば!」つばめが諭す。


「だけど…すばらしい歌だった。今まで生きてきた中で、一番」

僕は固まった。あの残酷ショーのような映像――その前に、こいつは踊っていたという。あれは、AOIの歌を、AOIの歌に―。


「空手の擬体は」結城は続ける。「強かった。僕が―――負けるかもと思った唯一の擬体が、あの白い擬体だった」


―――。


未咲の白い擬体の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。

未咲。やっぱりすごいよ。真のクルセーダーは、君だ。僕の誇り。僕の―――


気づくと僕は恥ずかしげもなく、おいおいと泣いていた。一部の観客にも見られているだろう。構うものか。

未咲。君の魂の光を、僕が消してしまうわけにはいかないんだ。

最後まで残る。残って、真のクルセーダーが、未咲、君であったことを、全世界に知らしめよう。


僕は嗚咽をおさめながら言った。「おいメガネ」

「メガネはないだろ!しつれ」

「ナルオを褒めろ」僕は言った。

「あのサッカーが天才的だったおれの友だちだ。強かっただろ?」

「…強かったよ、実際。先遣隊じゃ歯が立たなかったし。予定外に、あいつをターゲットにシフトせざるを得なかった。だから、強かった」


俺は天を仰ぐ。コンクリートの天井を。

そしてぶっきらぼうに言った。

「あのでかいほうの野球やろうも。めちゃくちゃ、強かったよ。奇策じゃなきゃ、倒せなかった」


僕は言った。これであいこだ。


僕は立ち上がった。「もう言わない。勝ち残ろう。このチームで」


返事はなかった。振り返ると、つばめが声を出さずに泣いていた。


* * *


「どうする、追いかけようか」ウルトラマン、こと品川代表の大河原沙織が言った。


金色の擬体、池袋のケンヤはその質問には答えなかった。ただ、値踏みするようにウルトラマンを眺めていく。

「お前のその、重そうな擬体じゃあ、上まで跳べないだろ。ゴリラかよ」


大河原は、カチンと来た。「なんだと金ピカ」


「おっと」

ケンヤの擬体は観客からは瞬間移動にしか見えないスピードで、大河原の擬体に詰めよった。「お前、俺に上から物を言うなよ」

大河原の顔面すれすれに裏拳。いや、中指が立っている。


その刹那、大河原はケンヤの擬体を抱きしめた。いや、捕まえた。そのまま音が鳴るほどのスピードで投げに行く。しかし、投げは途中でぴたりと止まった。ぶうん、と磁石のように、何かが抵抗となって投げることができなかった。


ケンヤは投げられながらも右フックを打ち下ろしていた。その拳も、同時にいた。静寂の中に殺意がほとばしる。


「てめえ」

「お前…!」


その時二人の視界に、近づいてくる擬体の姿が入った。


「取り込み中…っすか。抱き合ってるところ悪いっすね」

トサカのような黄色い頭部。そして赤銅色―レストランにぶら下がっている銅鍋のように輝く擬体は、殊勝な口調で言った。

「わかってると思いますけど、味方同士で戦っても意味ないっすよ」


「この金ピカがふっかけてきたのよ」大河原が言った。

「そうなんすか。あ、品川の大河原沙織チャンっすよね?よろしくです、オレ、九頭竜っす」


金ぴかと指さされたケンヤは黙ったまま、新たに現れたブロンズを検分しているかのように見ている。

「で、そっちが池袋の伊瀬拳也クンっすね」ブロンズの擬体にもし表情があったなら、にこやかに笑っているのだろう。「あんたと戦えなくて、めっちゃ、めっちゃ残念〜っす」


ははっ、と金色の擬体が揺れた。「奇遇だな。おれもこの〈チーム戦〉っていうくそったれルールには心底、がっかりしてるよ。だが」

金色の拳が、ヒュッ、とブロンズの顔面の前に突き出された。


「お前が言うべきことは、『戦わずにすんでよかったっす!』だろ?トサカ頭」


ウルトラマンこと大河原沙織は見た。ブロンズ、九頭竜がケンヤのパンチと同等のスピードでケンヤの股間に前蹴りを放ったのを。そして双方が謎の磁力?によって止めえられているのも。


「いやいや~、一対一で戦ったら面白そうだなって思うっすよ。なんなら生身でやりましょうよ、今度。生身でもどっちか死ぬかもしれないけど」

「お前はあとで殺すわ。せいぜい他の擬体にあっさり消されないようにしろよ」

金色は憎々しげに言う。「生身、上等だよ」


「あ、ただ」九頭竜は空気を読まずに続ける。

「オレ、わりと目の前の相手に集中したいタイプなんで、手下使うとか卑怯な戦法やめてくださいね。さっきも危なかったんすよ、別のチームが後ろから…」

「ざけんなッ!俺がお前ごときに卑怯な戦法使うか!」

「マジっすか?卑怯な手口使わないなら安心っす!オレの勝ちっスね」


決定的に合わないな、と大河原沙織は思った。自分も決してカシコイほうではないけど、こいつらはバカだと思う。二人とも、強い。それは分かっているけど、チームを組みたいとは思えない。


「てめえ…」金色は怒りのあまり絶句した様子だった。「俺を下に見るなよ…俺が最強だ」

「でも証明できないっすからねえ、どっちが強いか。あ、こういうのはどうっすか?」ブロンズがさらに畳みかけた。

「他のチームの擬体をで競うってのは?」


完全にバカの論理だな、と大河原は思った。だが、ちょっと面白いと思ってしまったのも事実だ。

「大河原チャンもどうっすか?最強女子って呼ばれてんでしょ?擬体だったら性別関係ないからあたしが最強だ~とか、思ってるっしょ?」

「擬体じゃなくても、あたしが最強だよ」

「よし、じゃあ決まりだ。倒した数の順で強いってことで!」


バカの論理で丸め込まれてしまった。それに反論できない口ベタな自分が少しだけ恨めしい。だが、上等だ。

「あたしは文句ないよ。さっきの黒いやつだってほぼ倒すところだったし」


「ちょっと待て」金色がかすれ声を出す。「さっきの黒いのと、王子様は俺の獲物だ。手を出すな」

「いやいや~、それは約束できないっすよ!だったらテメーで早く見つけろって話で」


なんだろう。大河原は思う。九頭竜は徹底して空気を読まない。今のは金色的には譲歩条件、決め台詞に近かったはずなのに、能天気な正論でかんたんに覆す。こういうやつはどう戦うんだろうな、とも思う。変な攻撃とか出して来そうだな。


あ、そういえばこいつ、ジョーカーだった。ジョーカーってきっとこういうやつなんだろうな。ゴキゲンな態度で、暗黙のルールをぶっ壊していく。


反して金色は怒り心頭のご様子だ。生身だったら震えているかもしれない。この怒りがどこかの誰かに向くのかと思うと同情を禁じ得ない。


事実上、このチームはチームとして機能しないことがわかった。まあそれでもいい。それでも負ける予感はない。強い。こいつらは、強い。

さてあたしは…、何人狩れるかな?

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