第九話 作戦会議
運命の皮肉か、主宰側の悪ふざけなのか。宿敵同士でチームを組むことになってしまった。悪趣味だ、とつばめは思う。
三人は、先ほどの戦闘現場からなるべく距離を置くため、1フロア上にあがり、対角線上の壁沿いに陣を引いていた。観衆からは丸見えだが、フロアの中心部に対して視界が開けており、敵が近づいてきたらすぐにわかる位置、のはずだ。
つばめが周囲を見渡してから、口火を切った。
「わかっていることをまとめよう。さっきの金色はもちろん、池袋の伊勢ケンヤ。ぶっちぎりの要注意。そして、一緒のチームに品川代表の大河原…」
「あのウルトラマンのことか」
「そうそう!『ウルトラマン』かぁ、うまいこと言うね。下馬評的に言うと要注意第二位。ほんとうはその二人をぶつけたかったくらいよ。両方とも近接戦闘タイプだしね。その二人が同じチームってだけでかなり絶望的って感じだよ」
つばめが嘆息する。たしかに、ウルトラマンには組み合った瞬間にわかる圧倒的な力強さがあった。そして
「その他に出会った擬体なんていないよね?」
「いや、会ったよ。最上階で」僕が言う。
「渋谷がいた。それから、なんかもう一人現れたな。同じ競技だったって言ってた。どんなやつだったっけ…」
「渋谷は杉野なつ、柔道の選手だよね。同じ競技ということは、ええと、もうひとりいたな、柔道の選手が…誰だっけ」
つばめは、おそらくクセなのだろう、メガネを押し上げる動作をした。擬体にはメガネっぽいデザインがあるだけで、メガネそのものは無いのだが。
「おかしいな、あんなに事前に調べたのに、名前が思い出せないや」
「うーん、とにかくその二人は、同じチームだったよ。緑色のモヤモヤが見えた」
「他には?…上野の結城くん、誰かに遭遇しなかった?」
「僕は、金色の暴君と会っただけだよ。長いこと喋ったあと、攻撃してきた」
「あいつおしゃべり好きなのかな」つばめが言う。
「ということは、残るは2名。銀座の平良と、中央の
実のところ、僕もある程度は事前に下調べをしていた。9名のハンドラーの内、二人が柔道家、一人がレスラー、一人が総合格闘技。一年前の優勝者が総合格闘技だったことを考えると、組み技主体の選手が多いのは妥当な気もする。対して、球技の選手はつばめのみだった。だが…
「九頭竜ってのが、よくわかんないんだよな」
「中央地区は取材ができないから、映像がないんだよ」僕も相槌を打つ。スタジアムや、その他の機密があるため、報道が街中を取材することが禁じられているのだ。
「ま、弱いってことはなさそうだけど、強いかどうかもわからない。それで言うと、銀座の平良は確実に強い」
「元空手家の天才格闘家、だろ」僕は言う。いま言った以上のことは分からないのだが…。
「うん。立ってよし、寝てよし、スピードも打撃も超一流らしいよ。ヤバすぎ。要注意3番はこいつかな」
つばめはうーんとうなりながら、肩をぶるぶると振動させながら回す、へんな体操を始めた。
「なに、それ」結城がとつぜん食いつく。
「マエケン体操」
「マエケン?誰?」
「知らない。とにかく『マエケン体操』って呼ぶのよ。そんなことはいいんだけど、あのさ、このチーム編成、おかしくない?」
「なぜ?」流れで結城が相槌をうった。
「撃破数をわざわざアナウンスしてたじゃない?その一位と二位が同じチームで、言っちゃなんだけど、ビリから3人の私たちが同じチーム。つまり…」
「撃破数順に3人ずつってこと?」
編成の意図など皆目わからない。だが、たしかに他の
「もしそうだとすると、同率の九頭竜と、銀座の平良は?」
「わからないけど、九頭竜のほうが先に代表になってたよね」
「じゃあ、九頭竜が赤、平良が緑チーム?」
「ま、仮説だけどね。いったんそれでシミュレーションしてみよう」
「九頭竜と平良が仮にそれぞれ自分のチームと合流できたとすると、とにかく赤チームは手ごわいのが二人もいる上に、手口が分からないヤツまでいる。絶対に当たりたくない。緑チームは、全員が近接の組み技擬体ということになる」
つばめは先ほど崩落現場から拾ってきた石をつかって床になにやら書き始めた。
「ええと、結城くんは近接戦闘型ってことっていいんだよね。あたしは中~長距離。で、秋葉原の悪魔くんは…」
「悪魔くんはやめてくれ。この擬体はDOGって呼んでる」
「じゃあドッグは、距離というか間合いは、けっこうなんでもありな感じだよね?よく飛んで行くし。中距離にしておくか」
つばめが床にギギギと描いたのはこんなものだった。
結→
ド→→
つ→→→
「うーん、なんか、いい戦術ないかな?」つばめが独り言のように言う。
「長距離からでも攻撃が効きそうなのは、緑チームだよね」
たしかに。戦い方に競技のクセがあるなら、組み付いてきたときに結城の擬体で切り刻めそうでもある。
「おれたちが戦って有利なのは、緑チームってことか。赤チームと遭遇した場合はどうだろう?」
僕は懸念を述べる。
「赤チームを倒せるイメージを作らなきゃならない」
3対3のチーム戦、というのが問題だった。格ゲーだと通常、戦うのは一人。残る二人は、「交代」か「援護」要員となる。3対3が同時に戦うための戦術というのは、知る限りではゲームにはない。となると…
「一人ずつおびき出すことはできないかな?」
すると、それまで興味もなさそうに立っていた結城が言った。
「僕が、囮になればいい」
「…どういうこと?」つばめのメガネ擬体がポカンとする。
「上野の…上野と池袋が全員で戦ったときに、上野のハンドラーが考えた作戦。一人が囮になって、敵のチームを引っ張り回す。敵がばらけてきたところで一人ずつ狙い撃ちする」
「いいねえ、それ」つばめが同意する。「待ち構えて、渾身の一球をぶち込めばいいのね」
「だけど…」結城は言った。「金色には通じないかも」
現にその作戦で、上野は主力壊滅の憂き目に会ったと聞く。つばめよりも高速の光弾を発するピンクたちを擁していたにも関わらず、だ。
「せめて、金色が赤チームとは別行動してくれればな…」
「とにかく金色のやつとは絶対に当たらず、戦うのならば緑チームってことだね」つばめが一人ごちたときだった。
「それは残念だったな」
神経を逆なでするような、かすれた声が聞こえた。
生身の人間は、心底驚いたときにどんな反応をするだろうか。反射的に飛び上がったり、声が出たりするだろうか。
だが、擬体化した僕たちは違った。
常在戦場。強烈なアドレナリンが、瞬時に戦闘準備を完了する。
スタジアムの大観衆を背に、金色の擬体が不敵に仁王立ちしていた。
「お前ら3体、狩らせてもらう」
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