第七話 あいつ、泣いてるぜ
僕を
薄青いボディに黒いライナー。銀色のキラキラが癇に障る。「王子」気取りの擬体。本人とよく似ている。
僕の、真の、敵。
落下して床に叩きつけられた僕は背中、胸部に加えて肩の装甲が損傷していることを認識する。新鮮な痛みがある。だがイケる。気づかれないように右腕の関節をパージする。
立ち上がりざま、左の突きと共に飛び込む。王子こと結城は驚いたようだ、反応が遅れた。だがこれはフェイントだ。両足で急ブレーキをかけ、結城の凶悪な右足が空を切る。その瞬間、肩越しにしっかりと溜めをつくってあった右手を、叩きこむ。
ビュオ!という大きな風切り音。パンチではない。関節なしの伸びるムチ。ただしカチコチの握りこぶしが先端についている。
これは当たった!と確信した僕は第二打を準備。足先が武器ならばそれを狙う…。
ぬるん。
「!」
「!?」
手ごたえが無かった。インパクトの瞬間、まるで磁石にはじかれたような感触。
右腕を引きながら結城を見ると、結城もまた驚いたように僕を見ている。表情が見えるわけではないが、振る舞いからわかる。
「な、何をした…?」僕は結城に問うた。「なんで当たらなかった…?」
「…。」
結城から答えはなかった。
代わりに、結城の数メートル向こう側に、別の擬体がいることに気づいた。美しいのに、どこかどう猛な印象を与える、金色の擬体。その金色の擬体が、こちらを指さして声を上げた。
「え?え?え?え?」
かすれ気味の不愉快な声。イジメっ子を想起させる。
「ちょ、まてよ」
金色はふざけはじめている。声色でそれがわかる。
「仲間割れしてんの!?」
ヒャハハハハハ!!
不快な笑い声がコンクリートの壁に響き渡る。
「すげえ呑気じゃね?てか、王子様かわいそうじゃね?一生懸命オレのジャブをかわしてたら上から降ってきた仲間に殴りかかられんの。かわいそうじゃね?」
「…。」
結城はすでに金色の擬体に向かって態勢をかまえている。そんなにも油断できない相手?
いや待て…今あいつ、「仲間」と言ったぞ。
結城の気取ったボディから、僕と同じ紫色のオーラが立ち昇っているのを、僕の目はたしかに認識する。紫…。
同じ…チーム。
同じチーム。
なぜだ。
なぜこのゲームは、いつもこうなんだ?
なぜこのゲームは、僕が嫌なこと、そうあって欲しくないことばかりを強要してくるんだ?
あんなに嫌だった戦いに、ちゃんと来てやったじゃないか!それもこれも、この目の前の気取った男を叩きのめすことを目先の目標にして、嫌がる体と心に
ひどすぎる。
擬体なのに涙が出る。
僕はこんな戦闘中のバトルフィールドのただ中で声を漏らしてしまった。
それに僕は、気づいていたんだ。さっき飛んできた光球。おそらくあれは、つばめだ。光球に見覚えがある。
つばめは慎重な性格だ。
遠巻きに見ていて、安全が保証できる範囲で助け船を出したのだ。なぜかって?決まっている、僕が味方だからだ。
「くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!」
僕は床面を殴った。コンクリートが削れていくが、また崩落するにはほど遠い。
「な、泣いてるよ、あいつ!!」
金色の擬体が爆笑している気配が伝わる。
「まじでウケる!!」
上の階で俺を投げ飛ばしまくったウルトラマンも、立ち上がってこちらを見ている。
見下ろしてくる結城。耳ざわりの悪い金色。ウルトラマン。どこかに隠れているメガネ。後ろから無邪気な歓声を送ってくる観衆。そしてこのくそったれなルールを決め―くそったれなチームを編成した運営―。
何もかも、どいつもこいつも許せない。ひとをバカにするにも程がある。
僕は怒りが抑えきれなくなった。
チーム戦など知ったことか。全員、ぶっとばしてやりたい。だが、結城には攻撃が当たらない―さっきのぬるんはそういうことだろう―なら、不愉快な笑い声を飛ばす金色と、勝ち誇ったように突っ立ってるウルトラマン。やってやろうじゃないか…!!
僕はゆっくりと壁沿いまで後退すると、最大限の力で壁を蹴った。
「りゃああああ!」
射出されたミサイルのような僕。金色が目前に迫る。先ほど王子には不発に終わった右腕の攻撃を、まずは食らわせてやる。
キャハハ、と聞こえる乾いた笑いをやめない金色に、ちょっと伸びるストレートを食わらせたつもりだったが、すんでのところでダッキング(下にかがんで躱す動作)された。
着地と同時に距離を詰める。→K→K↓P→P、→→P。跳び膝、前蹴り、アッパー、ストレート、打ち下ろしのコンボ。
バカな、と僕は思う。金色には一撃すらも当たらなかった。
「おっほぉ~!」金色はまだ茶化している。「やるじゃんやるじゃん!意外にいいじゃん!」
大技すぎたのだ。モーションが大きくて読まれてしまった。
ならば、と続けてコンボを繰り出す。
↓K↓P→P→P、PPPP。ブラフの後ろ蹴りからショートアッパー、左右のワンツー、そして上下左右の打ち分け。
最後の上下左右のところで、金色の笑いが止まった。
もう少し…速いコンボ…あれか。PPP↓K↓K …つまり弱パンチ連打と足払い、踏みつけ。
カ・カ・カ!
弱パンチ連打―は、金色の胸にすべて当たった。よし、足払い―閃き―は―。キャンセル、後退だ。なにかヤバい…その瞬間。
「!?」
僕の擬体は真ん中で折れ曲がりながら後ろに飛ばされた。見えなかったがおそらくは左のボディブロー。信じられない威力。
数メートルも後ろに殴り飛ばされ、あまりの痛みに悶絶する。嫌な予感がして足払いをキャンセルしていなかったら、おそらくあのパンチをダイレクトに顔面に食らっていた。「一発退場」の威力だ。
あれが…。
「あれが池袋の暴君、ケンヤだってば。真正面から突っ込むとかありえないから」
上から声が聞こえた。聞き覚えのある声。
崩落した穴の淵から、水色のメガネのような特徴のある擬体の頭部が覗いている。
メガネのような擬体…まちがいようがない。新宿代表、川西つばめだった。
「くそっ!」僕は悪態をつく。「うるさい!引っ込んでろ!」
「おいおい、剣呑だな。こっちだってムカついてるのを堪えてんだ。真っ黒バカ」
「バカとはなんだ!おま」
「いいからこっち来いッッ!!死ぬぞ!!」
メガネは10メートル近くも上の穴から手を伸ばしている。
手を伸ばしてきた。僕に。
はっと我に返る。敵は?
赤いオーラをまとった金色の擬体は、まっすぐに僕を見つめている。同じく赤いオーラのウルトラマンも、こちらを見据えている。
この二人を相手にして、勝てるだろうか?
僕は腰から背中までちりちりと危機を感じる。わかる。その危うさ。人生、最大の危機がここにある。
総毛だった僕の横を、風のように何かが通り抜けた。薄青い擬体――結城は、崩落穴の下で一度しゃがみこむと、跳んだ。その跳躍は、思わず息をのむほど美しかった。
それにしても10メートルはある。いくら擬体でも…!結城は長い手を目いっぱい伸ばす。失速する。結城の指先は、微妙に届かない…ところを、がっしりと捕まれた。つかんだつばめの擬体は、結城の擬体を放るように引っ張りあげる。
つばめはすぐにこちらに振り向く。
「来いッ!!早くッ!!」
メガネの声に僕がビクッとしたとき、
「逃がすかッ!」
ウルトラマンが動いた。タックルが来る!
全力バック―僕は高速のバク転から、背後の壁を蹴った。
三角跳びの要領で、飛んだ。
メガネの手が見える。僕は空中を泳ぐように、飛翔する。
メガネの顔が、近づいてくるにしたがって、なぜか僕の視界はゆがむ。
凶悪な強さの擬体たちに気圧されて、僕は逃げ出した。
そして、今僕が頼っている相手は、宿敵のはずだった。
この手を取れば、認めたことになる。
僕の弱さと、僕の裏切りを。
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