第十六話 クラブのキング

≪杉野なつ≫


「なんかさ~、みんな『おれが一番強い敵を倒す!』みたいな感じでイバってるけど、チガうくない?」


なつが口を尖らせる。


「今この場で、組み技主体の擬体がいちばん戦いたくない相手って、あきらかにこいつなんだけど…」


なつの数メートル先に優雅に立つのは、黒いライナーとシルバーのフリルが特徴的な、結月輝―――通称・王子の擬体。腹部に大きなダメージを負っているものの、攻撃出力は100%に近い。


「田中くん、今からでも代わってくれないかな、相手…。『最強女子決定戦』のほうが、お客さんも見ごたえあると思うんだよね、言っちゃなんだけど」


王子が近づいてくると、なつは、池袋駅前広場での緊張を思い出す。


斬撃は、間合いの近い擬体同士の戦いにおいては、有利な武器だ。逆に、敵としてみれば一瞬のすきが致命傷になる。

王子の斬撃は、思わぬ角度から飛んでくるし、仮に脚を一つとったとしてももう一方が狙ってくる。捕まえればなんとかなるだろうが、捕まえるのがむずかしい。どう戦うか…。


距離が5メートルほどになると、王子は意外な言葉を発した。

「君と僕が戦うのは、正しいことなのかな」


「はあ?」なつは気が抜ける。「王子が自分でそうするって言ってなかったっけ!?」


「そうなんだけど…」王子は中空を見るように立ち止まる。

「がんばってるチームメイトがいる場合、邪魔しないほうがいいのかな、って思って」


「えー、あー…」なつは困惑を隠せない。「むしろ、あたしは田中くんを助けに行きたいんだけど…」


田中くんと大河原サンはド級の気迫で戦っている。当初は引き手の取り合いで目にも止まらない攻防をしていたが、大河原のタックルをかわしながらも組み合った。


パワーでは大河原。力比べから田中くんが膝をついたが、一転、背負い投げに入る。耐える大河原。むしろ後ろをとってフォールに入ろうとするも、空中で身をひねって耐える田中くん。…田中くん、マジすごい。


「田中くんが敗けちゃうとウチのチームは負けちゃうんだよね」


「それはそうだね。秋葉原が敗けると負けになってしまうのはウチも同じだけど」


あっきーの真っ黒い擬体が、頭だけ金色の暴君の擬体とにらみ合っている。今まで、都合9体の擬体を葬ってきた暴君。でも不思議と…あっきーが負けるイメージがわかない。


「大丈夫じゃない?」なつは言う。「どっちも」




≪伊瀬ケンヤ≫


擬体、クラブのキング。本当に、俺の願いの全てを実現してくれる、すごい擬体だ。


擬体に出会ったとき、直感的に思った。こいつは俺を、この池袋のしみったれた飲み屋街から連れ出してくれる、最強の武器なのだと。金色に輝くボディは、クソジジイの部屋に飾られた仏像よりもはるかに崇高だった。


この擬体を手に入れ、俺は有頂天になった。俺の才能のさらに遥か上。破壊の神。この世界は、この擬体を俺に与えてくれた。その資格が、俺にはあったんだ、と。

相手がどんなに速くても、拳が急所…つまり駆動部に吸い込まれていく。スピード。これは生身の俺には無いものだった。ひざから下のバネは、味わったことのない、いや、想像すらできないほどの速度と力強さを味あわせてくれる。


生身の俺にも、たしかに才能があった。どこを殴れば相手が嫌がるのか。インパクトのコツ。振り抜く速度。これでニンゲンはイチコロだった。生きるために、俺はその才能を駆使してきた。だが、それを十分に磨いてきたのかと問われれば、どうだったろうか。


自分と擬体との違い。


擬体の印象を述べるならば―それは「鍛え上げられている」ということだった。ボクシング、という技術を、俺は擬体を通じて知ることになった。

ただの感触―想像にすぎないが、この擬体は類まれなる才能とそれを活かすための血の滲むような努力をしてきた、戦士の能力を組み込まれている―――そんな気がする。


だから、一つだけ残念だ。それは、俺が擬体と真の意味で一体になれないこと。ストリートファイトしかしていない俺は、擬体と同じような技術を獲得してきていない。その違いが、擬体と俺とにほんの少しの溝を生んでいると思う。


自分の擬体のすごさを肌に感じながら、俺は嫉妬を覚えるようになった。


「アスリートたち」。


小さな頃からめぐまれた環境で、自分を磨いてきたやつら。

親に応援されて、優れたコーチがいて、努力が報われてきたやつら。


才能がないやつは上にはあがれない?そりゃあそうだろう。だが、俺の周りでそうだったように、才能がないせいで死んだりすることはないはずだ。敏郎は才能がなかったせいで、つまらない泥酔したチンピラに殴り殺された。そんな目にあうおそれは、お前らにはないだろう。

けっこうなことだ。


たえまない努力を強いられる?けっこうじゃねえか。生きていくためだけにギリギリの努力を強いられるよりは。それに成果を自分のものにできる。巻き上げられるんじゃなくて、な。

それぞれの分野に熱中し、トレーニングやさまざまな気づきを得て、イチバンになっていったやつら。

さぞかし、擬体と気が合うことだろうよ。


だから俺は、そんなやつらを従わせてきた。暴力と恐怖なら、俺が専門家だ。従わせるのはとてもカンタンだった。従わせたやつらが多いほど、心が安定するのを感じた。

そいつらがいつか裏切ってくるのは予想していた。いったんは脅して言うことを聞いても、トップアスリートたちは気が強い。だから徹底して潰した。裏切り者を一度でも許すと、寝首をかかれることを恐れ続けなければならない。それは一生続く。俺はそれをあのクソジジイから、反面教師として学んだ。


クソジジイからは他にもいくつも学んだ。強いやつに一度上に立たれたら、それをひっくり返すのはまあまあタイヘンなこと。だから、最初が肝心だ。出会ってすぐに服従させる。それがコツ。


…ああ、そういう意味でクルセードロワイヤル決勝、これは本当にクソッタレだった。


誰を服従させることも、かなわなかった。同じチームの、思い通りにならないムカつく野郎ども。だからせめて他のチームをぶっつぶしてやろうと思ったのに、「チームワーク」で不覚にも脚をやられてしまった。


わかってるんだ、あの失策は、「フットワーク」を使わなかった俺のミスだってことを。怖がらせるために、余裕こいた俺のダサい失敗。

で?結果はどうだ。

俺がつぶした擬体は、たったの一体だぞ。たったの。

それもへんなメガネの、女が操る擬体。それだけじゃない。脚の出力が悪かったとはいえ、最後にいいのをもらってしまった。


ムカつく、ムカつく、ムカつく。


目の前にいるやつらが、ムカつく。

だが、いちばんムカつくのは、この擬体を操れなかった、俺自身だ。


目の前の悪魔みたいなカタチの擬体。見た目だけなら、本来俺の擬体はこっちなんじゃないの、と思って笑った。さっきはヒイヒイ泣いていたのでさらに笑った。


だが、軽くて柔らかく、それに速い。そのせいか、一撃だけでは致命傷にならなかった。倒しづらい、という感覚を覚えたのは、上野の王子様と、この悪魔の二体だけだ。ともあれ、本来のクラブ・キングならば、余裕でボコボコにできる相手だった。


さて、片足が壊れて踏み込みできなくなった今の擬体で、なにができるだろう。

クラブ・キングのピンポイント打撃なら、例えば軸足だけでもいいパンチは打てる。だが、間合いを詰めたり、ディフェンスしたりとなると心もとない。

カウンターを狙おう。相手を挑発して、攻め込ませる。そこに合わせてカウンターの一発。「引きフック」ってやつだ。よしこれで行こう。悪魔め、もんどりうって苦しめ。

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