第十五話 幸福な王子

「だが、脚が一本だろうと、お前ら二人を殺すことはできる」

暴君がすごんだ。


たしかに、それは否定できない。擬体ならではの痛覚の減衰により、立ってはいられるものの、王子とDOGの損傷は甚大だった。駆動部に近いボディに暴君の一撃を食らっており、近い場所にもう一撃食らったら敗退は確実だった。


それでも。と僕は思う。圧倒的有利は変わらない。


「ぼくがとどめを」王子がすらりと前に出る。「今なら確実に斬り刻める」

「くらうなよ。お前が負けたら、ゲームオーバーだ」

僕は援護の準備をする。格ゲーなら、インターセプト攻撃がある。王子の攻撃に合わせるように、位相差攻撃をしかければ、片脚を使えない暴君には十分に勝てるはずだ。


ゴー!

王子と僕は暴君に襲いかか…ろうとして、とともに視界を奪われた。


またか!


暴君が手をついていた壁が粉微塵こなみじんにくだけ、粉塵ふんじんの向こうから飛び出てきたのは、まるで「光るイノシシ」だった。


壁を爆砕して飛び出してくる、既視感。王子に襲いかかるのは…ウルトラマン!?

王子はかろうじて反応できていた。迫りくるイノシシに後ろ蹴りのような斬撃を繰り出したが、運が悪かった。斬撃は、コンクリート片をスパッと斬っただけだった。


イノシシはやはり大河原沙織に違いなかった。しかし、その姿はウルトラマンではなく、発光する獰猛な恐竜のように見えた。


王子が今目の前で、完全に捕まった。すでにダメージを負った擬体だ、投げられたら終わる。


「そいつを離せっ!」

僕は月面宙返りの形で、かつてウルトラマンっぽかった擬体を背中から狙う。ナルオがやられた後、川西つばめに仕掛けた技。


大河原の光る擬体の背中は見えた。王子を離さない限り、僕の攻撃からは逃れられない。

獲った!そう思った瞬間、突然視界に入った金色の顔がにやりと笑った。


「お前は俺が狩るって言ってんの」


ガード・キャンセル!!

飛んできた金色の打撃と、膝蹴りの威力を、相殺する。弾き飛ばされて受け身をとる。


ダメだ!援護攻撃が阻止された。この局面で、赤チームの最初で最後のチームワーク。

王子が投げられてしまう…。万事休す。


「まだだ!」


え?


その場にいた者たちは目を疑った。いつのまに?


大河原と王子の陰に、しっとりと艶のある深緑の擬体。まさに投げられようとしていた王子の右腕をむんずと摑む。


王子はその力を利用して逆立ちのように下半身ををひねり上げると、足先で大河原の顔面に向かって斬撃を蹴り下ろした。

大河原は間一髪、王子を突き飛ばすことでそれを避ける。


「なんなんだ!?」大河原が叫ぶ。


「俺の名前は、田中隆弘だ!」


深緑は仁王立ちしてわけのわからないことを叫ぶ。だが、なんだか最初に会った時とは印象が違う。

「このまま生き残るだけなのはイヤだ。正々堂々、君たちを倒したい」


田中は、僕たちに背を向けて、観衆に向かって両手を挙げる。


「僕…俺が、柔道四連覇の田中だ。これから、組技最強が俺であることを証明する!」


「えーっ!?」

後ろにまろび出てきた杉野なつの擬体が、オロオロしながら叫ぶ。


「せっかく隠れてたのに!」

「ごめん。だけど、隠れてちゃだめなんだ。勝てる勝負に勝つだけじゃだめなんだ。強いライバルを、逆転で倒してこそ、覚えてもらえるんだ。そのためには、今、戦うしかない」

田中の深緑の擬体が、ぼんやりと光っているように見える。


「そのためには、きみ。倒させてもらう」


田中の擬体がビシッと指差したのは、大河原。その太く大きな体が、両手足を開いて構える。


大河原の眼が光る。

「こおおおおい!」

大河原沙織が田中の挑戦を受けた。あの元ウルトラマンは、なかなかにがあると僕は思う。


ほとばしる緊張の中で向き合う二人が、手の取り合いで文字通り火花を散らし始めた。


「いいねえ!あの緑!わけわかんねえけど、すげえ覚悟だ!」

暴君がかすれた感嘆の声をあげる。頭部以外は金色の装甲が剥がれ落ち、そして左脚はひん曲がっている。


「お前らも喜べ、俺が直々に倒してやるよ!」

金色が僕たちに向かって上気した声をあげる。

僕と結月は顔を見合わせる。


「なんだかわからないけど命拾いしたね」王子の美しい擬体がさらりと言う。


「譲るよ、暴君討伐。僕は、あっちを担当する」


王子が指差したのは、渋谷代表、天才柔道少女・杉野なつの擬体。


「ほとんど無傷みたいだし、キミだと苦戦しそうだ」


失礼だな、と僕は思う。だが正直、なつとは戦いたくなかった。なんというか、親しすぎた。それに…と僕は思う。メガネの少女、つばめが作ってくれたチャンス。きっちり生かしてとどめをささねばならない。


池袋の暴君は、僕が仕留める。僕は、王子に向かって頷いた。


「おいおい、二人がかりで来いって言ってんだよこっちは」金色が吠える。


「いや、お前はおれが倒す」僕ははっきりと言う。「二人は必要ない」


クソがっ!!!と金色が叫んだ。

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