第十四話 スワローテイル
ただでさえぴかぴかな金色の擬体が、ぼんやりと光ったように見えたのは、わたしだけだろうか。観衆には見えたのだろうか?つばめは思う。
確実に、ダメージは与えた。輝が斬り、アキハルとわたしのサインプレイによる二塁殺が左足を直撃し、金色はもんどりうって倒れた。そしてアキハルの悪魔みたいな擬体がおりなす悪魔みたいな連続打撃に、手も足も出ないかと思われた。それなのに…。
王子は左に、悪魔は右に。それぞれの擬体は折れ曲がるように倒れている。それぞれ一撃。なんという打撃の破壊力。あの擬体には、なにが宿っているのだろう?
「モンスター」。わたしは擬体の美しい姿には似つかわしくない言葉をつぶやいた。
15メートルほど先に立つ金色は、まっすぐに私を見据えていた。ちょうどマウンドからキャッチャーくらいの距離だなと、どうでもいいことを思った。
金色が、王子や悪魔にとどめを刺そうとする前に、わたしがチームを代表して対峙するのは、正しいことのように思える。
よし、来い。
もう一撃、もう一撃だけ与えられれば、きっと王子と悪魔が倒してくれる。
ここからは、金色とわたしの一騎打ち。新宿と、野球人の想いを、わたしが引き継いでいるのだ。
右手に光球を浮かび上がらせると、わたしは金色に向かって乱暴に投げつけた。
「カモン、モンスター!わたしがサヨナラしてあげる」
つばめの光球を、首をすこしずらすだけで紙一重に避けると、金色のモンスターは、損傷した装甲を次々にパージしていった。装甲は硬い音を響かせながら床に落ちていき、それはちょうどキャッチャーがプロテクターを外すのに似ていて、親近感がわいた。ちょうど攻守交代、守備から攻めに転じるときにやるってとこも。
裸に近くなった擬体は、たしかにやや光っていた。そして、腕から肩に隆起した繊維状の躯体が、膨張している。あれから出てくるエネルギーできれいに殴られると、一発で擬体が壊れるのか。つばめは得心する。だがわたしは、向かってくるエネルギーを倍返しすることができるはずだ。
ダメージを食らったとはいえ、金色の擬体は十分に動ける。擬体というのはそういうものだ。生身と比較して痛みは長く継続しないし、繊維質が残っていれば筋肉状の機能は十全に発揮できる。
金色の装甲を脱ぎ捨てて、むしろ金色に発光するようになった擬体は、15メートル先のつばめの擬体に、明確に狙いをしぼったようだった。モンスターが沈み込む。下半身に力が溜まっていくのがわかる。
まるで投球モーションだ。ピッチャーが渾身の一球を投げ込んで来るときのあの感覚を思い出してチリチリする。
3、2、1。
光った。飛んできたのは光る剛速球。球よりも速い突進。
つばめは瞬時に左手から光るバットを繰り出す。突撃の威力を殺す。バントだ。
高速で迫りながらも光るモンスターはそれに気づく。構わず振りかぶる。中心をはずし、上から力任せのフックを打ち下ろして破壊する、そう言いたげだ。
その時、つばめのバットはバントの構えを解除して振りかぶられる。「バスター」。目には目を。打撃には打撃を。金色の渾身の右フックと、つばめの渾身のバットスイングが交錯した。
* * *
つばめは短い夢をみた。
大きな歓声の中、
ホームベースを踏むと、なぜか待っていたのは新宿地区長である父だった。「最高のバッティングだったぞ、つばめ」
父は、大きな手でつばめの頭を撫でた。
* * *
つばめの擬体の頭は、モンスターの一撃によって粉砕されていた。しかし、そのモンスターの左足もまた、関節を破壊されていた。
交錯の瞬間、モンスターは自分の足を狙ったバットのスイングを読んでいた。前に踏み込んだ左足が直撃を食らわないように、空中に《す》かした。
まるで、打つ直前に落ちる変化球・スプリット。つばめはしかし、反応した。腰を少しだけ落とした。それが結果的にモンスターの打ち下ろしフックをより致命的に、顔面に直撃させたことは否めない。だが、バットを延ばした、流し打ち―それが、モンスターのヒザ関節部分に、ミートした。
ホームランの当たりだった。脚を完全につぶしてやった。あとは、悪魔と王子が
小谷、つばめは心の中でつぶやいた。一度だけ打った、あんたのスプリット。あれよりちょっとカンタンだったよ。
* * *
「ぐあああああっ!!!」
大歓声の手前に響いた、かすれたうめき声を聞きながら、アキハルの黒い擬体と輝のペールブルーの擬体がそれぞれ立ち上がった。
地面に両腕をついた暴君の擬体と――仰向けに大の字に倒れたつばめの擬体が目に入った。
「つばめっ!」
返答はない。数歩、歩み寄ると、つばめの頭部は陥没するように壊れていた。
「相討ち…か?」
「いや、池袋はまだ生きてるみたいだ」
だが…、装甲をパージして突っ伏した上体の金色は、脚部をうまく扱えない様子だ。見ると、左脚の関節がおかしな方向に曲がっている。つばめがやったのか。
やりやがった。
僕は胸が熱くなった。僕の親友・ナルオを打倒した憎き
命と引き換えに、あの無双を誇った池袋の暴君の、左足を奪った。
「くそっ、油断した」
暴君の声が心なしか弱まっている。
「
暴君・ケンヤは健在な右脚で立ち上がった。だが、ケンケンの要領でそばの壁面に近づくと、片手をついた。
「だが、脚が一本だろうと、お前ら二人を殺すことはできる」
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