第十三話 お前が死んだら次は

「デパート以来の決着がつくかもなあ、王子様」

ケンヤの金色の擬体がかすれた声で、ゆらりと立ちはだかる輝に語り掛ける。


「そんなようなこと、さっきも言ってたよ。忘れっぽいんだね」

輝は無感動に言った。


輝を含む紫チームは、金色の暴君を前にして、自然とフォーメーションを取った。

近距離の輝が先頭、アキが少し距離を置いて次、そして一番遠方につばめ。


「お前が死んだら次は黒いやつって感じ?楽しみだな」


予想通りの運びというわけではないが、今のこの状況は、俺たちに圧倒的に有利だ。

当たりたくない相手ではあるものの、3対1。

それなのに…、この威圧感はなんだ。


「なんで一人なんだ!仲間はどうした?」遠くからつばめが叫ぶ。


「うるせえよ」ケンヤが毒づく。「あのクソども」


気が合わなかったんだな…。紫チームの三人はそれぞれ、察した。


僥倖ぎょうこう

運命が僕たちに采配した、大一番。

この戦いに勝てば、最大の脅威を排除できる。勝ち残る確率が、爆上げだ。


必ず、倒す。


僕は振り返る。つばめはメガネを触る仕草をしてから、胸、手頸てくびの順にさわった。

サイン了解。僕は頷く。


輝が先鋒せんぽうだ。

ケンヤとの二度の会敵で生き残っているのは輝だけである。チャンスを創れるとするならば、輝だろうというのがつばめの分析だった。


輝が構える。とは言っても、両腕を右側に流したような、ふしぎな構えだ。

金色がそれをにらむ。


金色は左右に軽くステップを踏み始めた。王子の予測不能のカウンター攻撃を、スピードでねじ伏せてやろう―そう考えたようだった。

速すぎて、金色の光のようにしか見えなかった。飛び込みざまのジャブに、輝の顔面がはじかれる。空虚なコンクリート空間に打撃音が響いた。


だが、凶器である輝の両足は金色の下半身を狙った、着実な斬撃を放っていた。金色の装甲が決裂してゴム束が飛び出す。

輝の狙いは、徹底してケンヤの脚。派手な蹴りではなく、モーションを小さくし、ビッグパンチを食らわずに機動力を奪う―それが戦術だ。


「ちょこざいだなあ、お前。意外と細かい性格してるのな」


「チーム戦だからね。ちゃんとやらないと」

輝はぼそりと答える。


「うそつけ、てめえデパートではゼンゼンだったじゃねえか」


ケンヤは左足の痛みなどものともせず、踏み込みながらストレートを放つ。輝は柔軟な上体でスウェーして避けると足を刈るように狙う。金色は残像を残しながら軽々とステップバックすると再び飛び込みざまのジャブ→ショートアッパー。


パンチを避けきれずに腕で受けながらも、王子の脚が下から蹴り上げる。ちょうど三日月蹴りのような蹴りが当たり、金色の太腿の装甲が裂ける。

痛みを嫌気いやけしたのか、暴君は少し距離を空ける。その瞬間を見逃さなかった。王子の脚が発光したかと思うと、それが起こった。


少し後ろに構えた金色に、ゴオ、という銀色のが飛びかかった。竜巻―それは超高速で回転する刃の突撃。受けようとした金色の擬体の装甲がはじけ飛んだ。ヒザにも一撃。


竜巻が着地する。その回転の勢いを柔らかく殺しながら、輝が金色に目を向ける。


金色は着地のタイミングを逃さないだろう―王子はそう思っていた。その通りだった。脚部にかなりの破損を負ったものの、そのスピードは光のようだった。体制不十分な輝には、最初の左フックを腕で受けるのが精いっぱいだった。

逆から飛んで来た右のアッパーは、輝の擬体を、吹き飛ばした。


今だ。


「GO!!!!!!」


つばめの声が響くよりも速いスピードで、僕は黒い擬体で大砲のようにぶっ飛ぶ。金色の擬体まで刹那せつなで間合いをつめる。金色が振り返り、僕への迎撃をねらったその瞬間。


僕は伏せる。足先を地面にひっかけ、転ぶように地面に突っ伏した。背中を風のような何かが駆け抜ける感触。


バカン!!


金色の左足に―幾度か斬撃を食らって装甲が破損したケンヤの足に、が直撃した音だった。

金色の擬体は足に食らった衝撃の反動で一回転する。


やった!渾身の一撃。

疾風のように飛んでくる僕の擬体の背後に、光球。強肩キャッチャーが二塁の足元を狙い、ピッチャーが伏せて避けるアレだ。左足をつぶす、完璧な二塁刺殺。


片足がおぼつかず態勢が不安定なボクサーなど、おそるるに足らずだ。僕は千載一遇のチャンスを逃さない。


至近距離からのコンボ、PP→→K↓K→K!!ワンツーからの飛びひざ蹴り→足払い→中段蹴りのコンボ。かろうじてガードされてしまったがすべて手ごたえがあった。


イケる。少し大きな技で押し切れる。


↑P→P↑↑K アッパー、ストレートからの大技コンボ。空中で回転してかかとを叩きつける。


アッパーとストレートは固いガードに受けられた。だがこれで!

風切り音の中、右かかとを振り下ろす。

不発だった。


「下っ!!!」


つばめの声が届くよりも先に、金色の閃光のような打撃が、視界を支配した。


* * *


「さっき、赤チームは一人足りなかったよね。なんでだろうか」

田中がぼそりとつぶやいた。

「そうだよね!池袋のめちゃくちゃ強いやつが別行動…。なんでかなー?」

「まだ会えてないのかな…さすがに時間が経ってるし、それはないか」


アンブッシュしながら、田中となつはしばらく考えた。

「まさか…仲たがいして単独行動しているとか、無いよね?チーム戦なのに」

「さすがに無いでしょう。あとは…、『それぞれで誰が敵をたくさん倒せるかやってみようぜ』とか?」

「紫チームはオレが全員倒すぜ!とか?」

あははは、と二人は笑った。「そんなわけあるかい」と唱和する。


「ちょっとこのまま状況がつかめないのもアレだね」

「そうだね、偵察しようか」


地上から、二人は建物を見上げる。ちょうど彼らが見上げた面の中央に、柱状に全フロアを通貫する部分があった。

「あそこ、登ろうか」


二人――紅白の擬体と背中側を破損した深緑の擬体――は三度みたび、握力でコンクリートをかじるかのように、登っていく。カブト虫のようなその姿に観衆が笑う。


二階から三階には、誰も見当たらなかった。どこかに大河内沙織がいるかと思われたが。彼女のダメージも大きい。隠れているのだろうか。

そして彼らが四階に達した時、味気ないコンクリートの壁の隙間の先に、すばやく動くなにか――擬体が戦っているのが見えた。少し距離があったが、間違いない。一瞬だけ見えたのは、黒い擬体。秋葉原だ。


「もう少し近づいてみようか」


ゴツイ擬体が二体、今度は四階の床面に雲梯うんていのようにぶら下がる形で、横に移動していく。杉野なつ、田中隆弘。ともに柔道を極めんと研鑽を積んだ二人は、せっせと雲梯しながら、束の間、人生を振り返った。

「杉野なつはどうして柔道やってるの?」田中が尋ねる。

「そうだなあ、お兄ちゃんにつられて始めてみたら、ハマっちゃった感じかな。お兄ちゃんがいたから、ここまで一緒にやってた感じ。タナカくんは?なんで柔道?」

「珍しく名前が合ってるね。…そうだな、僕の場合は“勝てるから”かな。『優勝』できるものなら、なんでもよかった」

「え~、でも勝つのってそれなりにたいへんじゃん?とくに柔道は、試合に勝つだけになっちゃっても良くない、とか先生も言ってた」

「そこが良かったんだけどね。勝つための方法があって、死ぬほど、誰よりも練習すれば優勝できる。そうすれば、みんな僕のことを覚えてくれると思ったんだ」

「覚えてくれる」

「そ。なかなか覚えてもらえないから。…なんだけど、それもマチガイだった」

「マチガイ?」

「“勝つ”だけでは、みんな覚えてくれなかった。それに気づかせてくれたのは、きみたち兄妹だった。去年の全国大会、きみの袖釣り込み腰での連続一本で会場がわーっと盛り上がった。その後だ。きみの兄ちゃんは決勝で、大外刈りから小内刈りからの変化で諸手背負い。足で相手を空中に持ち上げながらぶん投げたそのとき、ああ、これが記憶に残る柔道だなって思った」

「覚えてるよ。お兄ちゃんはやっぱり天才だ、って思ったもの」

「だから杉野、僕はこのクルセードロワイヤルで、『記憶に残る戦い』をしたいと思う」

「え」

「柔道家として、ティルナノーグに覚えてもらいたい。そのためなら僕は」

「しっ」

なつと田中が指先を食い込ませているコンクリの地面が、揺れた。そっと顔を上げて覗くと、倒れていたのは、秋葉原の黒い擬体だった。その少し先に、上野の“王子”が倒れている。

「(チャンスだよ)」 なつは小さな声で田中にささやいた。

「(これからここが、決勝戦になるよ)」

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