第十九話 ゲーム・ウォン・バイ
建物の縁に立つと、歓声が一層大きくなる。スタジアムの照明がまぶしい。どうせ建物の中の戦いをカメラで映しているのだから、こんな照明はいらないのにと思う。
すると、背後にドシン、という震動を感じた。振り向くと、そこに立っていたのはメガネっぽい意匠の水色の擬体―川西つばめだった。
「お二人さん、やったね」つばめの声がなぜだか、とても懐かしく感じられる。失ったものを取り戻したときの気持ちを、なんと表現すればいいのだろう。
「途中はヒヤッとしたけど」
「途中…ヒヤッと?」僕は謎につつまれて訊き返す。「途中って、どこで見てたの?」
「それがよくわからないんだけど、敗けた次の瞬間、小学校の教室みたいなところにいて、そこのテレビで観てた」
教室だって?それって死後の世界?三途の川…的な臨死体験、NDE?
「他にも、中央区の九頭竜くんと銀座の平良くんがいて、少し仲良くなったけど。彼らは…どうしてるのかな」
よくわからないが、敗北者は消滅せずに一時的にどこかで待機していて、勝ったチームのつばめだけがリスポーンしてきた、ということだろうか。
僕と王子は、つばめを真ん中に迎え入れる。最大の難敵、池袋の暴君を倒すことができたのは、つばめの捨て身の一撃のおかげだ。MVPはつばめだと言っても過言ではない。
コミッショナーは、黒いぴたっとしたミニスカートからかっこいい脚を肩幅程度に開き、僕たちを待ち構えていた。
「ゲーム・ウォン・バイ、TEAM PURPLE!川西つばめ、結月輝、真嶋瑛悠!!」
歓声が、怒涛のようだ。戦いが終わったのだ、と実感し始める。
僕らはただ茫然と、観客の熱狂を眺めた。
バルコンからクレーンのようなものがにゅううと伸び、カゴに乗ったコミッショナーを運んでくる。
コミッショナーは僕らの隣に立つと、さらにあおった。
「クルセーダーとしてマグ・メルに旅立つ三人です!」
口笛や、足踏みまでがまざり、擬体でなかったらうるさくて耳をふさいでいたかもしれない。
「一言ずつ、いただきましょう。まず、上野代表・結月輝くん。チーム戦を戦ってみて、どうでしたか?」
「え、あ…」王子は質問を予期していなかったのか、しばらく答えに窮した様子だった。だが、
「予選の間は…自分のことを考えていれば良かった。そういう、ルールだったから…。チーム戦は、ルールが違ったので、まずは自分が死なないこと、あとは…チームメイトが頑張ってる時に邪魔をしないように気を付けていました」
「なるほど。あなたは本当に、華麗で強かったわ。おめでとう!」
思っていたよりも、ひねくれていないのかもしれない、と僕は思った。こいつはただ、ひたすらルールに真正直に、ベストを尽くしていたのかもしれない。いろんな意味で、クセの強いやつだけど…。
「続いて、新宿代表、川西つばめさん。球技の選手が最後まで残ったのは歴史上初めてですが、どんな気持ちですか?」
「まず…」つばめはエヘンと咳ばらいをすると、コミッショナーからマイクを奪った。左腕を突き上げる。
「野球、サイコーーーーーーーーーーーッ!!!!」
唐突なコールに会場が歓声と笑いに包まれる。つばめはへへっと笑うと、今度は穏やかなトーンで話し始めた。
「わたしは、予選のときからうまく行かないことばかりでした。わたしがバカだったばかりに、みんなを死なせてしまった。本当なら…、ここに立っているべきなのは、わたしよりも強かった小谷くんのはずでした」
会場は静かにつばめの話を聞いている。
「本戦も、ぜんぜん思ったとおりに行かなくて…チームも、予選のときに戦った秋葉原の真嶋くん…彼のことが憎かったし、彼もわたしを憎んでいた」
つばめの擬体が僕のほうを一瞥した。
「でも、話したら分かり合えた。チームってそういうものだと思う、だから、勝てた」
観衆から拍手が送られる。クルセードロワイヤルに初めて正式に加わった「チーム」というコンセプトは、たしかに僕たちにふしぎな作用をもたらした。憎むべき敵が、チームメイトになるという―これも「矛盾」だった。何度目か、もしも未咲とナルオとチームが組めていたら…と思った。かなわないことだとしても…。
つばめは、マイクをコミッショナーに返すと、小谷、やったよ、と言ってヒーンと泣き出した。
「最後に、いくつもの激闘を戦い抜いた、秋葉原の真嶋瑛悠くん。終盤でふしぎな技も出していましたが、いかがでしたか?」
名前を呼ばれて反応したものの、僕は質問をきちんととらえることができなかった。僕の心に去来していたもの、それはまず、後悔と懺悔だった。自分の考えと力が足りずに仲間を失い、結果的に多くの人々を押しのけて生き残ってしまった。こんな自分が勝ち残ったことを喜んでいいとは、到底思えない。
申し訳ない。本当に。
擬体にもなぜか、泣く機能がある。僕はいつの間にかメソメソと泣いていた。
コミッショナーと比べればはるかに大きな、真っ黒い擬体が、ひくひくと泣いているのはさぞやこっけいだろう。でも…しょうがないじゃないか。僕は…中身はまだ12歳なのだ。
僕ははずかしくて、コミッショナーに向けられたマイクを押しやった。コミッショナーは僕を正面から覗き込んでいる。
イヤだった。自分が戦うのも、大切な人が戦うのも。世界を救う?それは僕や、僕の周りの人と関係のないところでやってほしかった。
ああそうか。僕は突然気づく。かつてスタジアムで激戦を制した佐京くんが、泣きながら言いたかったこと。ああそうか、僕はおかしくないんだ、と思う。彼もきっと同じ気持ちだった。擬体がもたらす戦いの衝動に従いながらも、争いを好まないという矛盾。
「僕は…、戦うのが、いやでした」コミッショナーにふり絞って言う。「クルセードロワイヤルが無ければいいのに」
コミッショナーはうん、と頷いた。マイクが外れているので、観客には聞こえていないのだろう。そしてコミッショナー、つまりこのクルセードロワイヤルの巫女とでもいう役割を担うその人が、言った。
「そうよ。あなたのその気持ちが、大切なの。ごめんね、つらい思いをさせて」
僕は嗚咽が止まらなくなった。
これから現世を去り行く僕の心にあるもの、恐怖や背徳心を押しのけるようにあるもの、それは不確かな、小さな希望だった。
「会いたい。未咲に。ナルオに」
コミッショナーが観客のほうを向き、何かを叫んだ。
僕は、何かに引っ張られるように視界がゆがむのを感じた。闇に包まれる。そして、次に目が開いたとき―。
僕は、教室にいた。
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