第十七話 あいつを逃がすな
「追いかけよう」という声に、我に返ったようにわらわらと追いかけ始める。比較的エスカレーターに近い位置にいた池袋の擬体たちが先行し、上野の擬体たちが追従する。
二階にあがると、逃げる“暴君”の姿は見当たらない。二階はいわゆるテナントフロアで、婦人服の店舗がぎっしりと並び、その間はまるで路地のようになっている。暴君はどこに逃げた?
立堀は嫌な予感をぬぐえずにいた。これは罠なのではないだろうか?
「おい、一人で追うな!二人組で手分けしよう。見つけたら戦う前に大声を出せ!」
最初に立堀たちの射撃を食らった池袋の二体―オレンジと薄い緑―が中央から。三体目と“弾丸”が左から、山影とラリアットの山口が右から、それぞれおそるおそる「路地」に入っていく。
立堀と薫、百田の三人はエスカレーターホールで息を殺して様子をうかがう。
「店舗に流れるBGMがうるさいな」立堀が苛立って言う。
「ハートにルージュ!?してる場合じゃないね…」薫も同調する。
何も起こらず、数分が経過した。
「ハートにルージュ!?」が終わり、一瞬の静寂が訪れた。その時。
右側の路地から唐突に、“弾丸”が文字通り飛び出してきた。
「どうした?」立堀が叫ぶ。
「ダメ!」弾丸――実は少女だった――の声が裏返っている。「みんなやられちゃった!!」
な・ん・だ・と?
弾丸はそのままエスカレーターを駆け下りて逃げようとした。
「まて!!バラけたらマズイぞ!」
その時路地から、金色の擬体が姿を現した。手には、徐々に消えゆくオレンジ色の擬体を引きずっている。
「おれはさぁ~」ケンヤの声が静かな館内に響いた。
「裏切り者は絶対に許さないことにしてんのよ。絶対にね」
“弾丸”は、人間のウエストほどもある太腿を震わせて怯えている。足がすくむ、とはこのことだ。
「あいつは強すぎるよ!待ち伏せされて一撃でやられたの」
金色は笑いながら言った。
「気づいた?お前らにやられたことをそっくりそのままやってみたんだよ。逃げるフリして、引きずりこんだ。狭い路地ほど、仕留めやすいところはないからな」
右の路地から声を聞きつけた山口と山影が姿を見せた。
良かった…。まだこちらに戦力はある。
「だったらなおのこと!」立堀は歯を食いしばる。「百田、行くぞ!!」
立堀は渾身の連続弾を放つ。あらゆる角度からひんまがる高速弾。上からは、百田が500キロ弾を打ち込む。しかし、暴君はすでに下半身が消えている擬体を持ち上げ、盾にした。大量の射撃を受け、完全に破砕された擬体を後ろに放り投げる。
前から薫、後ろからレスラー山口が猛然と迫る。
「捕まえさえすれば!!」
薫は、野獣とさえ呼ばれる天才柔道少女だ。立堀は幼いころからよく抑え込まれたり関節を極められたりとおもちゃにされた。
だがそれでも。その薫でも、危ない。
「援護を!!」
立堀は右手を全力で繰り出す。薫の頭上を越えて暴君に直撃する、最高速のドライブ。
立堀は才能の男であった。そしてそれ以上に努力の男であった。卓球道場には、小学校に入る前から天才的な動体視力を持つ選手がごろごろいた。立堀はその中に身をおいて自らの武器を磨き続け、いつしか全土に名のとどろく卓球選手になっていった。彼の武器―それは粘り強さと、後陣からのドライブスマッシュ。立堀の擬体は、それを兵器に変える。
立堀の高速弾と前後から襲い来る擬体。暴君には、逃れるすべはないはずだった。しかし擬体は、すいと後方にしゃがんだ。低いタックルの姿勢で突っ込んでくる山口の顔面が金色の頭部と激突しそうになる。山口はとっさに顔をそむける。その瞬間、金色は衝突の衝撃に構わずに、床すれすれからの左のアッパーで山口の巨体を浮き上がらせると、そのまま巨体を、立堀の高速弾にぶつけた。
山口をどさりと床に落とした瞬間、薫がつかみかかった。そこからの時間―おそらく1秒か2秒だった―薫がすさまじいスピードで繰り出した組手を、金色の擬体はすべて叩き落した。パーリング。ボクシングで相手のジャブやフェイントを防ぐ手さばきだ。
暴君の拳は無慈悲だった。
両手をはじかれ、がらあきになった薫の顔面に、叩き落すようなフックが炸裂した。
薫の顔面は装甲ごと貫かれた。そしてその返す刀でみぞおちに、先ほど山口に食らわせたアッパー。
「うわああああああああ!!」
立堀は高速弾を闇雲に打ち込んだ。金色は後ろにステップバックしてそれを避けた。そして、両腕で頭をガードするピーカブースタイルをとると、まっすぐ立堀に突進してきた。
高速弾を!もっと高速弾を!!立堀は撃つ。打つ。討つ。
そして視界が、金色に染まった。
目を開けると、デパートのエントランスの脇に座っていた。数メートル離れたところに、薫がいた。もう、ほとんど消えている。泣いている薫に謝った。お前は強かったよ、と言った。ふと目をあげると、生身の王子が自分を見下ろしていた。
「なぜ、一緒に戦わなかった?」
立堀は一応、訊いてみた。
「面白くなかったのか?」
「面倒がはぶけると思って」
王子は立堀を見下ろしたまま言った。
「どうせみんな消えるんだし。ここでもいいかなって」
ふうん、立堀は思った。スタジアムでせいぜい暴君に血祭りにあげられるといい。
俺はお前みたいなタイプ、大嫌いだよ。
消えゆく視界で立堀が最後に見たのは、エスカレーターを駆け下りてきた“弾丸”が、それよりも速いスピードで追いかけてきた“暴君”に、叩き壊されるシーンだった。
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