第十六話 リンチ

「お前の相手は、ここにいる全員だ!!」


上野地区の立堀が発したこの言葉が、号令になった。

その場にいたすべてのハンドラーが暴君の金色の擬体に向かって身構えた。臨戦態勢。

暴君の隣に付き従っていた池袋・テニスの東山も、暴君・ケンヤのほうに振り向いた。

「そうだ。お前に先に消えてもらう」

東山の赤い擬体の腕が光り、至近距離からの光速のサーブの構えに振りかぶった瞬間だった。


ドバン、と低い音がして、擬体が床に崩れ落ちた。


赤い擬体の腹部の装甲には大きな穴が穿たれ、頭部は顎を中心に粉砕され、おかしな方向に曲がっていた。多くのハンドラーたちは目を疑った。いつの間に?一撃ではない、明らかに二撃…、そしてそれだけで、こんなに擬体を破壊することができるのか、と。


「東山!!」立堀は悲痛な声で叫んだ。


嘘だろ。擬体は一定以上破壊されると敗北する。ことに頭部とボディの中心部には駆動部がある。いわば急所だ。赤い擬体は、明らかにリミットに達していた。

すでに他地区で起きたこと…つまり、敗北した擬体のハンドラーもまた、消滅するということ…。赤い擬体が消滅したのと共に、デパート前の歩道にあった東山の身体も、消えてしまったのだろう。


取返しがつかない。暴君に近すぎたのだ。作戦ミス。東山は暴君をデパートの中まで誘導する“大役”を果たしたことで、油断したのではないか。いや、油断なら俺も、みんなもしていたはずだ。暴君の攻撃の殺傷力を、なめていた。すまない東山。


天才テニスプレイヤーだった東山は、スピンを学ぶために立堀の卓球道場に一時的に入門してきた。すぐに意気投合し、互いの競技での活躍を喜びあう仲になった。池袋の襲撃について詳しく教えてくれたのも、「暴君」へのクーデターを共に計画したのも、東山だったのだ。


立堀は叫んだ。

「そいつはここで倒さないとならない!!遠隔攻撃ができるやつは援護しろ!!」

上野のもう一人のシューター、《ダイヤのJ》百田が空中から撃ち込む。初速500キロを超える光の矢が金色の擬体を襲うが、ケンヤはするりと避ける。見えているのか。

立堀も左右から連続で高速弾を放つ。変化をかけて曲げた弾道は頭部を確実にとらえた…はずだったが、ケンヤは頭を少し下げ…つまりボクシングのダッキングでかわす。なんという反射神経。


「全員が相手?11人がかりでオレひとりをやろうっての?ヒキョーだなあ~。」

ケンヤは言った。「もう、一人減ってるけど」


金色の擬体は、特段太くも大きくもない。バランスのとれた形状。ただその中に、爆発的な破壊力が詰まっている。誰もがそれを感じていた。

「かかってこいよ、ビビッてないでさ」


全員がたじろいだのがわかる。接近戦を挑めばリスクが大きい…誰もがそう思った。一人を除いて。


「じゃあ、僕が」


ぬっと前に出てきたのは、“王子”だった。いつの間にか擬体化している。細身・長身の水色の素体に黒いライナー、きらびやかな銀色があしらわれた擬体は、まさに王子と呼ぶにふさわしい。

だが、美しさと戦闘は別だ。


暴君と王子は互いに無警戒に近づいていく。


「何発殴られて死にたい?」

擬体なのになぜか笑ったことがわかった。


王子は答えず、一歩下がって構えを取った。しかし、構えと言っても、半身で両手を左右に少し広げただけ。棒立ちに近い。なんの格闘技でもないことは明らかだった。


瞬間、ケンヤが踏み込むのが見えた。凝視すれば、「何をやったのか」くらいは見える。左のジャブで顔面を狙う。首を曲げて避ける王子。風切り音だけでダメージをくらいそうな速さだ。今度は右のショートフックで顎をねらう。

王子はそれを背中を反らせる防御テクニック、スウェーバックで避けた…いや、こんなスウェーはない―ゴムのようにぐにゃりと背中が曲がり、パンチが空を切った。その代わりに飛び出したのは、王子の足だった。上半身に連動するように、足先がゴムかムチのように暴君の顔面に飛んだ。ケンヤの左頬の装甲がはじけ飛んだ。


王子の攻撃は、暴君にそれなりのダメージを与えたように見えた。

「う、うわああ!!」

左ほおを抑えながら、ケンヤが悲鳴をあげた。

「いてええええ!!お、オレの顔に当てるなんて!!」


王子は無言のまま、一歩下がって構えを取った。そして首をかしげた。


「く、くそっ!!さすがに相手が多いぜ」

ケンヤは踵を返し、エスカレーターに向かって走りだした。


エスカレーターのそばにいた池袋の擬体が反射的に避けた。金色の擬体は、わき目もふらずに二階に駆け上がっていく。


「お、追いかけよう」誰かが叫んだ。


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