第十五話 デパートへようこそ

「来た。あれじゃない?」見張りをしていたかおるが言った。

幾人かが窓に顔を寄せる。一人、頭一つ背が高い“王子”も、すまし顔で窓を覗いた。すっきりとした横顔がサマになる。立堀はなんとなく舌打ちをした。


歴史を感じさせる石造りの駅舎から、10人ほどの少年の集団が出てきた。

先頭のやけに陽気な茶髪のハンサムが、「暴君」なのだろうか?イメージとは違うな、と立堀は思った。だが、うん、間違いない。

「じゃあみんな、作戦開始だ。」


立堀たち上野の一団は、駅前のデパートの最上階、レストランフロアに陣取っていた。薄汚れた窓ガラスごしに、駅がよく見えるからだ。


6人全員でエレベーターに乗り、一階まで降りる。客はまばらだ。


ハンドラーたちは素早く、エントランス側の壁や、売り場の柱にそれぞれ身を隠す。「ビギンバトル」。小声でささやき、それぞれが擬体にインテグレーションする。次々に出現する擬体に、居合わせた客たちは驚いて買い物の手を止める。“王子”は生身のまま、まばらな客たちに聞こえる程度の声で「これから戦闘が始まるので、避難したほうがいいですよ」と伝えている。

そう、これからここは戦場になる。


もう一人、生身の少年がおどおどと立ち上がる。小柄だが俊足の小学6年生・山影リョウだ。作戦の序盤の鍵を握るのは、彼だ。


「演技、大事だからな、頼むぜ」

立堀が小声で伝えると、山影は頷く。「まかせといて。学芸会ではオオカミの役だったんだ。嘘つきをかみ殺すほうのね」


山影はスニーカーの紐を結びなおすと、デパートの外に歩み出た。


池袋の集団は、駅前の広場からダラダラと横断歩道を渡ってくるところだった。

その方向を目指して、山影は歩いていく。山影は緊張のせいで止まらない汗をぬぐった。


集団があと間もなく横断歩道を渡り終え、5メートルくらいまで近づいたとき、唐突に山影が声を上げた。


「ひぃっ!!!池袋だ!池袋が本当にせめてきた!!」


襲撃者たちの笑みがかき消える。視線が山影に集中する。


山影は恐怖を顔に貼りつけ、きびすを返す。「ビ、ビギンバトル!」という声も怯えて裏返っている。山影の褐色の擬体は、腰が抜けたような前傾姿勢で駆けだす。


、デパートの入口から盗み見ながら、立堀は思った。池袋の連中め、これはのってくるぞ。


池袋のケンヤが、恍惚とした表情を浮かべた。

「さっそく一匹目だ!!そいつを捕まえろぉ~~♪」

池袋のハンドラーたちが続々インテグレーションしながら、山影に向かう。横断歩道にハンドラーの身体が残されてしまったので、取り巻きたちが歩道まで移動していく。


山影はあえてドタバタと足音を立てて逃げていく。山影の擬体は本来、韋駄天いだてんの二つ名を持っている。ホンキで走ったらすぐに巻いてしまう。それでは意味がないので、わざと遅く走っているのだ。

山影はデパートの脇の路地に(ドタバタと)走り込んでいく。池袋のハンドラーたちが追う。比較的走るのが速い擬体が、猛然と先行する。

暴君・ケンヤはインテグレーションもせず、生身のままだ。「あははは!」と笑いながら、最後尾を追いかけて行く。


山影は「ひぃ~~」と声を上げながら逃げる。デパートに沿って角を曲がり、邪魔な車の上を飛び越えて逃げる。


池袋のハンドラーたちは、速さの順に少しばらけてきた。

山影は三度みたび、後ろを振り返りながらデパートに沿って角を曲がる。デパートをほぼ一周し、正面エントランスが見えてくる。追っ手は見えてる限り3人、まだ角を曲がっていないのが3人。

山影はエントランスの前でまごつく仕草を見せてから、デパートに駆け込んだ。


デパートの正面の自動ガラス扉をすさまじい音と共に叩き割って、一人目の追っ手―オレンジの擬体、二人目の追っ手―薄い緑の擬体が、飛び込んできた。勢い、婦人服の催事ワゴンをも蹴散らす。

追ってきたはずの、褐色の擬体の姿が見えない…どこかに隠れたのか?と二体が振り返った瞬間、二筋の“光”が二人の顔面を直撃した。

上野の射撃手シューターである、立堀と百田が放った攻撃だった。


虚を突かれて背中から倒れた二人を、別の擬体の手が、ワゴンの陰に引きずり込んだ。ダイヤの5、手足が長い、黄色い擬体。薫だ。

薫は倒れた二人を左右で同時に「袈裟固め」に抱え、二人の耳元になにごとかをボソボソとささやいた。


粉砕されたガラスの破片を踏み散らかしながら、池袋三人目の追っ手が入ってきた。警戒しているようすだ。それをよそに、売り場の中央に少年が無関心そうに立っている。池袋の擬体が一瞬、ポカンと棒立ちになった時、そのアゴに丸太のような腕が炸裂した。ラリアットだ。ふらつく池袋の擬体の両腕を大柄な擬体がたちまち極める。そして耳元でささやいた。

「こっちの味方につけ。“暴君”を倒すチャンスは今しかないぞ」


四人目は…来ない。ちっ、さすがに警戒されたか…立堀は思った。

立堀が匍匐ほふくしたままエントランスの陰から外をうかがおうと顔を出した瞬間、ゴオ!という音と共に光る球が飛んできた。立堀はとっさに顔を引っ込めながら、今度は目の前を、擬体が弾丸のような速さで飛び込んでくるのを見た。なんだよ、池袋にも脚の速いやついるじゃん、と心の中でつぶやいた。

“弾丸”は一気にデパートの中ほどまで行くと、催事のワゴンを力任せに押した。ワゴンはパチンコ玉のようにそれぞれぶつかり、転倒した。隠れていた擬体たちが姿をあらわした。

一人、生身の王子は、ひょいとワゴンをよけた。


エントランスから、“暴君”ケンヤの金色の擬体が、もう一体の赤い擬体を引き連れて悠然と入ってきた。

「すげー数の擬体!スタジアムの本戦より賑やかじゃん」


それはそうだ。上野、池袋、総勢12名。未だかつて、クルセード・ロワイヤルでこれだけ多くの擬体が一堂に集結したことはなかっただろう。


暴君の横にいる赤い擬体が、先ほどエントランスに光の球を打ち込んで、弾丸の突入を援護したやつだ。暴君の指示だろうが、良い援護だった。球筋はテニスのスマッシュ。ジャンプしながら打ち込む、特徴のあるスタイル。

そして、なかなかいいポジションにいるじゃないか。立堀は感心した。


「ようし、オレの相手をしてくれるのは誰からだ?上野のハンドラーの強さ、見せてくれよお~」

緊張が走る。

立堀の水色の擬体が立ち上がった。そして、全員に聞こえるように声を張り上げた。


「お前の相手は、ここにいる全員だ!!」

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