第二十五話 リミット

新聞にナルオの名前が掲載されても尚、信じたくなかった。


あの時、ナルオの提案どおり、ナルオが死ぬことは無かった。

僕が思いつきで反撃したばっかりに――相手を追い詰めたばかりに、ナルオはやられてしまったのだ。


涙が止まらず、未咲とまともに話すこともできなかった。ただ申し訳なくて、誰にともなく謝り続けた。何時だかわからないが、泣き疲れて眠ってしまった。未咲は、僕を連れ帰ってくれた。これじゃあ、どっちが騎士かわからない。そんな未咲が、黙って泣いていたのも知っている。


朝になって思う。世界最高の親友・ナルオを喪った僕の人生だって、あとほんのわずかなのだと。クルセード・ロワイヤルという大きすぎる運命の前に、希望などない。ナルオはそれをわかっていたから、最後の最後に言ってくれたのだ。「勝て」と。

頭では理解している。だけど、どうしてもこのむごすぎるルールを、受け入れることができない。ゲームに例えるならば、ゲームバランスが悪すぎる。


僕はぼんやりと紙面に目を落とす。

ナルオを打撃で攻撃したあの女は、川西つばめという名前らしかった。小谷と言ったか、あのでかいやつがいなければスタジアムで生き残るのは厳しいだろうな、とどうでもいいことを考えた。


* *


各地区では、着々と代表が決まっていた。池袋に続いて二番目に決まったのは品川。翌日が新宿のメガネこと川西つばめ。さらに一日経って東京と銀座が決まっていた。

上野は2日前に3人になってから動きがないようだった。

渋谷は残り二人。

「おそらくあの兄妹だろうね」AOIが言う。


予選として与えられた期間の終了まで、あと一日に迫っていた。明日の正午になると、強制的にバトルモードとなり、決着がつくまで戦い続けることになる。


「わたしは、あなたたちと戦いたくない」未咲が言った。「もう…」と言って言葉を飲み込んだ。もう、誰かを喪いたくない、と言いたかったのだろう。だが、おそらく親友を喪った僕をおもんぱかって、言わなかったのだ。


レッスンルームが吹きさらしになってしまったので、3人は空手道場の一角に座っていた。

道場は道路に面しているため、通行人が覗き込んでいく。ことにAOI目当てのギャラリーが、10人以上たむろしている。


ギャラリーをかきわけ、一人の少女が道場の玄関に現れた。

「たのもーーーう」

道場やぶりにしてはかわいらしいショートカットの少女が、にかっと笑顔を覗かせる。

少女は「やほー」と、僕たち三人に向かって手を振る。AOIのファンだろうか。


どこかで聞いたような声だな。僕は思う。


はっ、とする。


「気をつけろ!」僕は叫ぶ。「そいつ、いつかの柔道の女だ!!」


僕は身構える。未咲とAOIが至近距離にいるから、インテグレーションはしない。

少女は「きゃー」と言うと直立して、手を振って戦意が無いことを示す。

「今日は戦わないよ~」


「何を言ってる、こないだは奇襲してきたくせに!」僕は怒って言う。未咲が危なかった。未咲の敵は、敵だ。


「話すことがあるんだよぅ」少女は言った。擬体とのギャップが激しい。浅黒い肌に大きな黒目がちの瞳。しゃべると八重歯がのぞく。

「おねがい!!お話きいて」

お願いポーズをされるとさすがに戦意がそがれる。


「聞いてみようよ」未咲が言う。「私も、ちょっと考えてたことがあるし」


ショートカットの少女、渋谷のハンドラー・杉野なつ、は話し始めた。

僕たちの予想どおり、渋谷の兄妹はいずれかが生き残るために二人がかりで強敵ハンドラーを倒していた。渋谷にも、単独では勝てない相手がいたそうだ。


「明日の午後になると、強制バトルが始まっちゃうでしょ?…お兄ちゃんとは、どうしても戦いたくないなって思って」


なつの言ってることは、痛いほどよくわかった。


「それで、お兄ちゃんと話したの。なるべく後悔しないように、別の地区のハンドラーたちと戦って、最後に生き残ったほうがスタジアムに行けばいい、って」


僕にも毛頭、未咲やAOIと戦う気はない。消えるべきは僕だと、心底思っている。とはいえ、未咲の正拳で胴体貫かれるのも悲しいし、未咲はやってくれないだろう。


「あんたたちも同じなんじゃないかなと思ったのよ。なんか、つるんでそうだったし?」

なつはナルオの印象を話しているのだろう。僕たちが何も言わないので察したのか、なつはトーンを変えた。


「今、お兄ちゃんがおんなじことを、上野に話しに行ってる。上野も、ハンドラー同士仲よかったらしくて」


未咲も、AOIも黙って聞いている。


「誰が残っても、恨みっこなし。3地区合同の、個人生残サバイバル戦」


戦いは、不可避。

同地区では戦いたくない。

だとしたら…


「乗るしかない、と思う」AOIが言った。「誰が残っても、恨みっこなし。もう他にできること、ないよ」

AOIは無表情だ。気づくと、AOIは未咲の手を握っていた。

「アキハルが残っても、それはそれってことだよ」僕のほうを向いて、頷く。


未咲が、僕の手を握ってきた。未咲の手のぬくもりを感じるのは、何年ぶりだろう?僕は胸がいっぱいになり、未咲の手を握り返した。空手家なのに、未咲の手は白く、華奢で、きれいだった。

生き残って、別世界にはばたくのは未咲じゃなきゃならない。


「わたしも、似たことを考えてた。ひとりで、他の地区に戦いに行こうと思ってた」

そうだったのか。一人で道場やぶり…、未咲ならばやるだろう。


「じゃあ、決まりかな」なつが言う。

「明日12時、場所は中立ってことで、池袋地区の市街地。強制バトルが始まるよりも前にバラバラに散って、出会ったハンドラー同士で戦う。戦いは1対1。いいかしら?」


浅黒い少女は、リュックを背負って立ち上がった。


「じゃあ、明日は敵だね」

夕暮れの街になつは消えた。

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