第二十四話 ハイタッチ

「…あなたの視線はぁ♪ わたしの~、ハートにぃ~、せーの!」


ズッキュンズッキュン!!!擬体たちが声をあげる。


AOIは本当に、擬体たちに対して一曲まるごと披露した。赤い擬体で、しかもアカペラで。

そしてその歌は…良かった。未咲は、アイドルという存在が、擬体でも魅力的に輝くという発見をした。

銀色の擬体の肩が震えている。感動して泣いているのだ。

小太りの機体は興奮が冷めず、曲が終わっているのになにやらすくい上げるような踊りを踊っている。相撲だから…?ではなさそうだ。


「本当に歌ったのね…」未咲は思わずつぶやく。

「アイドルというのは、ファンとの約束は絶対に守るものよ」AOIが言う。「さあ、ここからは一気に決めるよ」

未咲はうなずく。AOIのおかげで、条件はさっきよりも良くなっている。


AOIは思う。

擬体たちの目的がAOIではなくて未咲であることは理解している。AOIがハンドラーであることを報じる記事でも、どうせ弱いから少しでも長くがんばれ、みたいな論調で書かれていた。なんてったって、アイドルだもんね。そりゃあそうよ。


だから、わたしの仕事は、「壁」になること。それが、まがりなりにも「仲間」と言ってくれた相手へのお礼。


AOIは光るムチ?を出す。

「というわけで、そこのファンたち、かかってらっしゃい」


銀色はAOIを無視し、未咲に対して構えを取る。一方で小太りは、AOIに向かって突進してくる。また捕まえる気だ。だが残念。私はアイドルだ。


小太りがまさにAOIを捕まえるという瞬間、まるで磁石が反発するように、はじき返された。

「アイドルには近づいちゃいけないのよ」AOIは小首をかしげて言う。「知ってるでしょう?」

同時に、銀色が未咲に向かって打突を繰り出す。AOIのムチが蛇のようにとぶ。銀色は飛び退る。


小太りがうぉおお!!!とAOIに再び突進する。今度は頭をつかむ気だ。

バシン!

再びはじき返される。

「さわるな、って言ってますよぉ。わたし、さっきから」


小太りが怒ったのがわかった。猛烈な張り手を繰り出してくる。が、赤い擬体に当たる瞬間、ぬるりと滑るように外れていく。代わりに小太りの腹に突き刺さったのは、強烈な前蹴り。装甲にひびが入る。


「なんで…なんでダ…」小太りは理解できない。「攻撃が当たらなイ」

いつの間にか、赤い擬体が剣よりも大きな棒のようなものを持っている。

「ま、マイクスタン…」

小太りの右腕の上から、構わず叩きつけられる。小太りは逆の手で棒を奪おうとするが、AOIはジャンプし膝蹴りを顎に叩きこむ。もう一撃。右の装甲を破壊。

「アイドルの足腰、なめんな」


アイドルが予想外に相撲を圧倒している間に、大津―フェンシングのハンドラーは勝負を決めようとする。それが今日の唯一にして最大のミッションだ。未咲と銀色が対峙する。

二人が前に飛ぶのは同時だった。


「マルシェ・ドゥ!」

銀色擬体の超速の打突。光るサーブルがしなりながら未咲の顔面を狙う、それを、小太りをいなしながらAOIは横目で見る。ムチが飛ぶ。先端にある球状の物体(これが錘にもなっている)が加速する。狙っていたのは、銀色の剣を持つ腕だった。腕のどこかにかすればいい。

剣先が外にずれる。未咲の間合いはまだ遠い、が、まるで勢いのまま滑るように、未咲が前に出る。「逆・上」。未咲の右の拳が、銀色の顎に炸裂する。これ以上ない、完全なるカウンター。


「ぐうえ!」

頭部がひしゃげた銀色擬体が転がっていく。


「ありがとうAOI。もう大丈夫」未咲がAOIに振り返ってほほ笑む。擬体なのでほほ笑んだわけではないのだが、そう見えるから不思議だ。

AOIは思う。未咲の強さと笑顔…キュンとするな。ふだんキリっとしてるぶん、笑うと花が咲いたように感じられる。黒いあいつがベタ惚れなのもうなずけるね。


大ダメージを負った銀色が立ち上がる。

「サーブルは…無限に出てくる。今度こそ」


「フレッシュ!!!!!」

フェンシング最速の突き技。

ミサイルのような突撃が向かってきたその瞬間、白い擬体は消えた―ように見えた。

未咲は地面すれすれで身体を半回転させ、空を切った銀色の擬体の頭を、足の裏でつかむように蹴った。そのまま地面に叩きつける。

渾身の、裏回し蹴り。


ダメージ過多。試合終了、だ。


すうと息を吐きながら構えをとく。クルセード・ロワイヤルは格闘なので基本的に使っているのは組手技ばかりだが、この擬体は体幹バランスがとりやすく、それにより組手の技の威力も倍加している感覚がある。12歳の少女には体現しえない、気の遠くなるような鍛錬の果てに手に入れられる、頑強なフィジカル。それをこの擬体は、体験させてくれている。未咲はこの擬体で「形」をうったら、どれだけ素晴らしいだろうかと夢想した。


「未咲、こっちもお願い」

振り返ると、AOIがムチで小太りをグルグル巻きにしていた。

「コイツ、固くて。私の攻撃じゃ足りないみたい」


未咲は、かつてAOIにとどめをさせなかった時のことを、思い出した。そして気づいた。擬体から沸き起こる攻撃の欲求は、あの頃よりも増している、と。擬体はわたしを、徐々に戦闘狂に近づけているのだろうか。


いずれにしても、だ。目の前の小太りが消えることに同情はない。消えるのはどちらも同じ。AOIや、ナルオ、アキが消えるくらいならば、躊躇なくこいつを消す。


未咲はつかつかと歩み寄ると、指先に気を入れた。

「ハイィッッッッッ!」

小太りの頑丈な装甲が貫かれた。

抜き手。生身の少女ではか細いが、擬体のそれは格別の威力だった。


グレーと青の擬体が霧散していくのを見届けると、ダイヤのクイーンとハートのクイーンは、駐車場の真ん中で、パン!とハイタッチした。


その時ふと、どこかでなにかが途切れたような気がして、未咲は空を見上げた。

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