第三十一話 血気の勇

*未咲*


あと何人残っているのだろう、と未咲は考えた。自分がまだ残っているということは、瑛悠かAOIのいずれかもしくは両方が、まだ戦っているはずだ。ほっとする。

だが彼らがこのまま勝ち続けると、最後には仲間同士で戦わねばならない。それを避けるための「ふるい」として、3地区合同の戦いを始めた。

ある意味で、なつとその兄は、その目的を達成できた、と言ってもいいのだろう。


この戦いの肝は、戦い続けることだ。そうでなければ、自分は“仲間が負けるのを待つだけの存在”になってしまう。それは武道家としての、そしてこのクルセード・ロワイヤルそのもの理念に反する。


それに何より。

未咲は擬体の、体の熱を感じる。戦いたい。今までの鍛錬で培ってきた技を、擬体という超戦闘生命?に載せて、強い相手に叩きこみたい。今の自分には、「血気けっきゆういましむるべし」という道場訓も響かない。


擬体とともに戦ってきたこの数日間で、未咲は自分自身の変化を認識していた。戦えば戦うほどに、はやる。突きを繰り出すほどに、たぎる。蹴りを炸裂させるたびに、ほとばしる。

戦闘狂。未咲は自ら、そう揶揄した。それこそが、武道で最もさげすまされるべき存在。暴力への傾倒。


「血気の勇、つまり心は、いずれ必ず身を滅ぼす。武道とは、それを戒めるための修行なのだ」


師範は、幼い未咲にそれを繰り返し説いた。わたしはそれを破ろうとしている。それが身を滅ぼすとしても、抗えない。


次の敵を探そう。わたしの擬体が、それを求めている。わたしだけが知っている、この擬体の美しく恐ろしい修羅の顔が、そう言っている。


ずいぶん駅から離れてしまった。ここにいても何も起きない。

未咲は、金色の薄い光で包まれた自分の身体を抱え上げ、もと来た道を歩き始めた。自分の身体が、こんなに軽いんだ、と思いながら、巨大なビルを見上げる。瑛悠は、まだここにいるのだろうか。

でも、観には行かないよ。わたしはわたしの戦いを、続けるべきだから。


すぐそばで、瑛悠が予想外の“鬼ごっこ”をさせられていることを、未咲は知ることはなかった。


* 瑛悠*


くそっ!!

僕は焦っていた。

ピンクの擬体は巨大なビル中を逃げ回るつもりか。いや、逃げているフリをして、こちらを攻撃するチャンスをうかがっているのか。


どちらでもいいし、どちらも困る。僕がこんな偏ったスキルの擬体に手こずっている間に未咲が敗れてしまったら、悔やんでも悔やみきれない。


ビルの中はショッピングモールになっており、広場のギャラリー以外にもちらほら人がいる。その中を、僕の擬体は駆け抜けて行く。擬体は加速し、ゆうに時速40キロを超えている。人にぶつかったらケガでは済まないかもしれない。

「索敵スキルはないの!?」僕はDOGに尋ねる。

「ないねえ」


幸いにも、ピンクの擬体が逃げた残り香とでも言うか、ギャラリーたちの反応―極端な例では腰を抜かしている―が残っている。ひたすら追いかける以外に方法がない。


スピードを保ったまま角を曲がる。突き当りにひしゃげた扉が見えた。あそこから外に出たのか?急ブレーキ!


扉の外は、茶色っぽい石造りのテラスだった。太陽の光が目を刺す。

右を見ると、大きな階段があるのが分かる。直感。ピンクはこっちだ。

僕は再び走る。到達した階段の踊り場から上を見上げた瞬間、うかつさを後悔した。

よけようとしても当たってしまうくらいの速度の、弾丸のような一撃が、右腕をかすった。もう少し恰幅のある擬体だったら、直撃だった。慌てて仕切り壁の陰に隠れる。

ダメージを確認する。腕の装甲の一部がひしゃげているが、まだ大丈夫。


それよりも…、と目の前の“舞台(ステージ)”を確認する。

横幅20メートル、ここから一番上までの距離は50メートルほどもあるだろうか。屋外の大階段。上からはよく見渡せ、光弾を打ち下ろすのには最適だ。なるほどピンクめ、地元じゃないくせに、知ってたのかこの場所のことを。


「卑怯だぞ!」僕は階段の上に向かって大声で叫んでみる。ま、卑怯もなにもないのだけど。相手の考えが少しでも知りたい。

「うるさい!」ピンクらしき声が怒鳴り返してきた。

「お前も、あれと戦えば、近接戦闘なんてできなくなるさ!」


なんのことだかわからないが、向こうが近接戦闘を望んでいないことはわかった。

たしかに、広い場所は飛び道具に有利だ。ここではせっかく習得した三角跳びも使えない。


「飛び道具になるような技はないのか?」僕はDOGにしつこく訊く。

「しつこいなあ、イメージ次第だってば。SIT!」


そうは言っても僕は常識派なのだ。あらゆる格闘ゲームで、興ざめるものがある。それは、両手を揃えて「はぁ~」と気を溜めて、前に何かを撃つヤツ。あんなことはできるわけがない。“気”ってなんだよ。ご都合主義の極みだと思う。


だけど、待てよ…と思った。レジェンド中のレジェンドな格闘ゲームで、一つだけ「へえ」と思った飛び道具があったっけ。そうそう、極音速衝撃波を意味する、“ソニックブーム”。音速ってどのくらい速いのか、父さんに訊いたっけ。時速1000キロちょい、それを超えるとソニックブームが出るのだ、と学んだ。


だが…と思う。あの弾丸のようなピンクの光弾でも、時速1000キロは行ってないよな、と思う。ということは、腕の振りだけで1000キロを超えるなんて人間には無理。やっぱりあれもご都合主義だよなあと思う。


でも…擬体ならどうだ?野球擬体の投げる球は200キロを超えてるだろう。バドミントンはそこにラケットの反発があるからさらに何倍にもなる。待てよ、音速を超えると言えば飛行機だろう。戦闘機は初速から音速くらいなんじゃないのか?前にテレビで観た、射出装置…カタパルト。


「DOG、擬体の腕って伸びるかな?」

「関節をリリースすれば伸びるんじゃないか? NBJ?」


試してみようか。もし失敗すると一撃食らうことになるが、直撃しなければ死にはしない。


「もう一つ。腕の装甲って自分で外せる?」

「イェー。パージすれば外れるぜ。元に戻らないけどな。 MMK!」

「いいよ、外してみて」


両腕の装甲が外れる。ゴムのようなケーブルの束が露出する。これは、擬体の筋肉なんだ、と僕は理解する。この筋肉の束は、横からの攻撃には弱くてすぐ切れてしまうが、縦には強く、よく伸縮する。


敵の光弾を攻略する。

僕は目先の戦いに集中するあまり、本来の大切な目的を忘れていた。

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