第三十話 みんな、泣いてる

*なつ*


山影少年が消えるのを見届けると、なつは「さて、どうしようか」とつぶやいた。


もともと、“仲間と戦わないため”に自主的にしつらえた、変則トーナメントだ。一人に勝ったからと言って、それで終わりではない。各地区の代表が一人にしぼられるまで、戦いは続く。そして、わたしがまだ代表になっていないということは、お兄ちゃんは、まだ頑張ってるはずだ。

なつは破顔する。だったら…私も戦い続けなくちゃいけないよ。

それに…、となつは思う。

荒ぶる擬体が、次の獲物を求めている。


保護膜?で覆われた自分の身体を、邪魔にならない場所に置きなおす。出かける準備だ。

左に行けばもと来た方角。右に行けば、先ほど歓声が聞こえた方角だ。

「行ってみよっかな。場合によっては、AOIちゃんと戦うことになるかもね」

なつはゆっくりと歩きだした。


ガードをくぐり、上りきると大きなホテルがある。その向こうから声が聞こえてくる。先ほどではないにしろ、人の歓声が聞こえる。歓声…?いや、あれは悲鳴ではないだろうか?


なつは歩みを早める。通りには誰もいない。全員が声のするほう…西口公園に行ってしまっているのだろう。


ホテルの角を曲がると、群衆が見える。

声が近づく。変な声だ。みんなが、泣いてる?


なつの擬体は走った。「どいてくださ~い!!どいて、どいて」人ごみをかき分けて、公園を目指す。


ステージには、すらりとした擬体がいた。美しい水色のボディに黒いライナー。絵本でみる王子様みたいだ、と思う。その擬体はステージの中央に向かって、まるで舞踏会でダンスを申し込んでいるみたいにおじぎをしているようだが、その先には、何もない。


「なにが起きたの?説明して!」手近な場所に座っている男性に訊いてみる。


男性は嗚咽をもらしていたが、擬体に質問されたのでびっくりしたのだろう。

「AOIが…AOIちゃんが、消えてしまったんだ」


* AOI*


戦いが始まったときに、すでに負けていたんだな、とAOIは理解した。


踊る少年―ダンサーと呼ぼう―の擬体は、つかみどころがなかった。それでいて、強く、優雅だった。


ダンサーの擬体は、自らが高速で回転することでAOIのムチを巻き取り、AOIを至近距離までひきつけた。ダンサーは回転の力そのままに、蹴りを繰り出した。

AOIは「ぬるり」でかわすつもりだった。そしてかつて、未咲との戦いで初めてそうなったように、直撃を食らった。


「なんでッ!」AOIは小さく声をあげる。


二つの予想外があった。ひとつは防御が効かないこと。そしてもう一つ。

ダンサーの蹴りは、厳密には蹴りではなかった。それは、鋭利な刃物による斬撃に等しかった。AOIの胴体は大きく斬られ、大量の切断されたチューブが露出する。甚大なダメージ。

AOIは“マイクスタンド”で応戦する。ダンサーは、柔軟というには度を超した上半身の可動域で攻撃を避け、また足による斬撃を繰り出す。


やはり、「ぬるり」は発動しなかった。

AOIは気づいていた。「ぬるり」というこの擬体の性能が、何に依拠したものなのか。それはきっとわたしの、アイドルとしての、強い自意識。


AOIの真っ赤な擬体の腕が切られ、宙を飛んだ。攻撃の手はもうほとんどない。

専守防衛、AOIの擬体はそういうタイプだ。


ダンサーは、美しく回転する力を使って、バレエジャンプした。足だけが飛んで来た。

避けられなかった。

ダンサーの足先に、光るブレードが見えた。ぷつり、と視界が消えた。


…。


AOIが自分の本来の身体にもどり、ステージを見やると、赤く美しい擬体の頭部が、切り離されて転がっていた。うわ、むごいな、と他人事のように思った。


AOIはスカートをはらって立ち上がった。

公園に集まった群衆は、誰も声を発せずにいる。不安そうな顔でこちらを見ているだけだ。


ああ、今、100%の人が、私を見ている…。AOIは目を閉じる。でもそれと同時に感じる。別れを告げた仲間たちは、まだ、生きてる。ここで自分が敗退するのは、この運命の正しい道筋なんだ、と。


「みんなーーーーーーっ!!」AOIは叫んだ。


「みんなのおかげで、精一杯、がんばれました!ありがとう!!」

ファンたちが泣き出すのが見える。ありがとう、ありがとう、本当に。


そして小さな声で続けた。わたしが負けたのは、仲間ができたから。

それはそれで、いいかなと思ってるんだよ。


AOIは自然と顔が笑ってしまうのを感じた。


* なつ*


AOIの消滅までの顛末を話し終わると、男性の嗚咽が止まらなくなった。


「ありがとう」

なつは、首をあげてステージの方角を見る。首のあたりが緊張でチリチリするのを感じていた。

ステージの上にいる、アイツ。アイドルのAOIちゃんの首を切り落とすとか変態っぽくてコワイ、というのは置いておいて。もっと別の意味で、ヤバすぎる。

相手はとっくにわたしに気づいている。二番目の獲物として、わたしを視界に捉えている。

クルセード・ロワイヤルは、逃げることを許していない。逃げてもなんにもいいことがない。それに…、擬体は自分に、戦う気力を与えてくれる。

なつは言い聞かせる。今のわたしは、ケモノだ。相手がどんなであろうと、首根っこに噛みつくのだ。


なつはステージに向かって歩き出す。

具体的にどのくらいかはわからないが、ある程度の距離に入ればバトルがスタート。終わるまで戦い続けることになる。


青と黒いライナーのすらりとした擬体が、両手を華やかに広げて、なつを出迎える。脚をクロスし、美しいおじぎ。


なつも立ち止まる。足をそろえて、“一礼”する。


両腕をあげて構える。

「さあッッ、来いぃッッ!!!」


なつが声を上げた瞬間のことだった。なつの擬体が、金色の光に包まれた。何かキラキラしたものが、自分の身体の周りをくるくると回っている。


「へえ、きみが残ったんだ」すらりとした擬体が言う。「戦うのは、スタジアムまでおあずけだね。残念だな」


なつは、起きたことを察した。自分が残ったということ。


それは、兄が敗れたということ。


なつは擬体のまま、空を見る。

お兄ちゃん。大好きだよ。なつは、弱い心を捨てる。お兄ちゃんのぶんまで、戦い続けるよ。だからお兄ちゃん、安心して。そこでしっかり、なつを見ててね。

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