第二部最終話 嘘

「今からみんなに、この世界とクルセードロワイヤルの真実についてお話しします」

コミッショナーことミヤビ・アマノは真剣な表情で言った。


「知ってのとおり、この世界『マグ・メル』は、ティルナノーグとは異なる別の世界です。あなたがたが、ティルナノーグに戻ることは、もうできません。この『マグ・メル』で、ください」


ミヤビは「生きて」のところを強調した。僕は思う。未咲とナルオが一緒ならば、ティルナノーグには大きな未練はない。だけど、ゲーム機だけは持ってくればよかったかな…。


「この校舎は学校の形をした、大きな『寮』です。寮ってわかる?」

ミヤビが見回すと何人かが「?」という表情を浮かべた。

「みんなで一緒に住む宿舎、ということじゃな」猫が補足する。


「ここでは、あなたがたは基本的に好きに生活してもらって結構です。部屋も選んでください。体育館も、武道場も、ジムも使い放題。ゲームの環境も整えてあります。また、食堂や売店はすべて無料、数に限りはあるけれど、小説や漫画も自由に楽しめます」


子どもたちの間に、へえ、とかやった、という好意的なざわめきが起きる。ゲームの環境が揃っているならば安心だ。


「ただし、二つだけ約束」


「ひとつは、学校の授業の代わりに『訓練』を受けること。これはあなたたちのためでもあります。それに、技を磨いたり鍛えたりするのは、みんな得意でしょ?」

子どもたちから笑いが漏れる。ほぼ全てが、それぞれの分野で突出したアスリートの子どもたち。


「そしてもう一つは」

ミヤビは強めの口調に切り替える。

「いつなんどきでも、『警報』が鳴ったら、この体育館にすぐに集合すること。それだけ」


ケイホウ…?

警報のことだよな。なんだろう。なにを知らせる警報なんだろう。


「マグ・メルについてはいったんこのくらいにしておくわね。次に、あなたがたの本来の仕事というか…、あなたがたにやってもらわなくてはならない大事なことの説明をします」


そもそもクルセーダーとは、ティルナノーグの存続を守るために外敵と戦う、と聞いている。つまり…仕事とは「戦う」ことなのだろう。僕は暗澹たる気持ちになった。もう見知ったやつらと争うなんてことはしたくない。


「クルセードロワイヤルの目的とは、人類滅亡の危機を救う戦士の育成と発掘にあります。ティルナノーグ、マグメルとは異なる、で、人類が、今まさに滅亡の危機にあるの。つまり、あなたがたは人類を救うために選ばれているということ」


いつの間にか、ミヤビの背後に大きなスクリーンが下ろされている。そのスクリーンの中央に、見たことのない大きな「球」が表示されている。球は、なにやらまだらな模様のようになっていて、半分以上が青、残ったところがそれぞれ赤と白、それからグレーに塗り分けられているようだった。


「ここからは難しいから要点だけ理解してもらえればいいわ。この画面に映っているのが、あなたがたにとってもう一つの世界、通称『地球』です」


画面に映し出された文字は、地面の「地」に球体の「球」。これがそのワールドの名前。球状の地面の世界ということか。歩きづらくないだろうか。


「地球は、いまからだいたい50年前、チームLとチームCという大きな勢力に分かれていました。そして長いこと、チームLとチームCは折り合いが悪かったの。大切にしているものが根本的に違ったのね」


画面では、白色のところにLとラベルがつく。真ん中の大きな島状のエリアにまとまったところがあるが、基本的にちりじりだ。そして赤いところにCとラベルがつく。こちらは、比較的ひとまとまりになった大きな陣地。色がつかないところもかなりある。どちらの陣営でもないということか。


「ある時、チームCがチームLの一部の地域…国って言うんだけど…に戦争をしかけた。それをきっかけに、それまでなんとか戦争はしないで済んでいたチームCとチームLがどんどん仲が悪くなっていって、ついにある時―今から20年前、チームCが『絶対に使ってはいけない武器』を使って大きな戦争を引き起こした。たくさんの人が一度に亡くなっただけではなくて、地球のかなりの地域で、人が住むことができなくなってしまった。…ここまではいいかな?」


絶対に使ってはいけない武器…?どんなものなのか想像もつかないけれど、そもそもそんなものなら、作らなければいいのに。僕はあきれる。


「あまりにもたくさんの人が死んで、いろいろ…この話はいずれするけど、とにかく一旦、『絶対に使ってはいけない武器』はすべて処分されることになった。ところが…」

ミヤビは咳ばらいをした。


「戦争は終わらなかった。むしろ、そこからが地獄の始まりだった」

ミヤビは、はぁと息を吐く。


「チームCは、別の『使ってはいけない武器』―私たちは生物化学兵器と総称するんだけど、言うなれば毒や病気を武器に変えていった。そのせいで」

人類は地上で暮らすことがほとんどできなくなった、とミヤビは言った。


「それでも…戦争は続いた。当初はドローンという、空を飛ぶ機動兵器が活躍したんだけど、生き残った人類がみんな地下に隠れてしまったので、使えなくなった。代わりに活躍するようになったのが…」


「OFFENSIVE GHOST、諸君が擬体と呼んでいるものの原型じゃ!」

急に猫が口をはさんだ。

「サイバネティクスの技術を応用して作られた可動性の高い、AIで自律活動できる、人型の兵器じゃ」


ミヤビが猫のほうをにらむ。「サイバネティクスとか言わないでくださいよ」と小声で文句を言う。


「とにかく、その擬体を用いた戦いは、チームL…私たちの母国もそこに含まれるんだけど…に当初は有利に働いた。擬体の原型を人間が実際に操縦して敵のリーダーの一人の暗殺に成功した」

なんということだろう。


僕は未咲の様子をうかがった。未咲は目を見開いて青ざめている。

そう。擬体が兵器であることは、なんとなく分かってはいた。しかし、こうも戦争に特化した、ホンモノの兵器だったとは…。


「擬体はしかし、いくつか大きな問題を抱えておってな」ミヤビの睨みを気にせず、猫がしゃべりだす。


「一つはエネルギー。駆動時間が長く取れなかった。次に製造コスト。とにかく一体作るのにべらぼうに金がかかる。そして最後が、頭脳…つまり意志じゃ。この三つは互いに関係していて、一つ解決すれば良いというものでもなく、せっかく作った擬体がエネルギー切れやちょっとした判断ミスでおしゃかになってしまう。さてどうしよう、とな」


(ちょっと、そこまで話す予定ないですよ!)とミヤビが猫をたしなめる。猫は、にゃは、と笑うと続けた。


「これを解決したのが、それぞれ別分野の天才と呼ばれる三人の研究者じゃった。その一人がボクなんだけどね」

猫はなにやら決めポーズらしいことをした。見た目はものすごくかわいいが中身はおじいさんなんだよな、と微妙な気持ちになる。


「エッジ量子コンピュータ、汎用人工知能、あとプラズマじゃな」


「ちょっと…!ヒトゲノム解析とシミュレーション理論とか、新型次元モデルとか、他にもいろいろあるじゃないですか」

ミヤビが猫の弁舌に反論しはじめる。なんのことなのかは全く…わからない。

「ありゃ、そこ言っちゃうのかね?せっかく隠したのに」と猫が言うと、ミヤビがしまった、という顔をする。


「と、とにかく…!擬体は6年前に、まったく新しいものに進化したのよ。それを従来の擬体と区別して、Designated Offensive Ghosts、通称『DOGs』と呼ぶことにした。これが、あなたがたが知ってる擬体に近いものよ」


DOGs…だって?僕は驚く。ナルオと未咲と、顔を見合わせる。僕の擬体の名前はDOG。偶然にしては…。


「DOGsは従来のものと大きく異なり、一体一体異なるOSを持っているので、敵のAIに学習されにくい。一定の戦術を学習するだけではなく、臨機応変に戦い方を考えることができる。そして、擬体自体の制御を生身以上に速く行える特徴を持ち、一体で拠点制圧ができるくらいの力を持ったのよ。がいる場合はね」


ミヤビはあらためて僕たちを見渡す。どう、わかったでしょ?とでも言いたげだ。


「そう、あなたがたには、DOGsの操縦者としての適性がある」


だいたいのことは、理解できた気がする。進化した戦争用の兵器・DOGsには操縦者ハンドラーが必要で、それが僕たちだということ。しかし…


「なんでわざわざ僕たちなんだ、って思うでしょ?そうね、最初は『地球』の人間たちで頑張っていたのよ。ことに私たちの地域には、ひとりの天才的な操縦者がいたし、ね。でも、残念なことに、地球の人間たちでは、DOGsの性能に追いつけなくなってしまった。老化と人口減少によってね」

ミヤビと目が合った。僕はどきりとして他の疑問を一瞬忘れてしまった。


「ただでさえ減る一方で、しかも地下でしか暮らせない人類は、フィジカル、つまり体の使い方が発達しづらいのよ。そして、地上時代に訓練していた人たちは、みんな年を取ってしまった。戦争が起きたときに20歳だった人が、40歳だもんね」


地下でしか生活できない人類…というものを想像すると息苦しくなった。ティルナノーグでは、多くの子どもたちが太陽の下でスポーツをやる。学校でもダンスを習うし、休み時間も体を動かして遊ぶことがほとんどだ。僕だけが例外でインドア派だったけど。


だから…ティルナノーグから助っ人が必要になった、ということなのか。

でも…、それならなんで…?


「どうして…毎年一人だけだったんですか?クルセーダーは」

声があがった。見ると、長良弟だった。あいつ意外とカシコイのかもしれない。


「いい質問!それはさっきこのニャンコ…コバ先生が言った、コストの問題。DOGsは一体作るのに、とんでもないお金がかかる。チームLはそれなりにお金持ちの陣営だったんだけど、それでも作れるのは年に1体がせいぜいだけだった。だから、毎年一人だけ選んでいたの。ね?センパイたち」


ミヤビは、体育館の前方に立つ5人の少年のほうを向いて言った。佐京くんが恥ずかしそうな顔をした。その理屈ならば、「先輩」の中では一番の若手が、佐京くんということになる。


「じゃあ今年は?なにが変わったんですか?」たまらず誰かが声をあげた。

質問をした男の子を見つめるとミヤビが言った。


「あなたは、立堀くんね。いろいろあるんだけどね。少し前から、別のチームが合流したことで資金力が大幅にアップしたり、大きな技術的進歩ブレイクスルーがあってエッジ量子コンピューターが量産できるようになったこと。これで一挙に12体のDOGsが造れるようになった。そして…」

「最新型を三体、作ったんじゃ」猫がイバる。


だから…三人?


「今年から、54人…従来の予選参加者全員をマグメルに召集させてもらったのは、作戦行動に応じてチームを編成しやすくするためなの。それに…人数が多いほうが、楽しいでしょ?」


ミヤビの冗談(?)に誰も笑わなかった。最初からこれを知っていたら、生死をかけて戦うこともなかったのに…。いや、待てよ…。


「なんで教えてくれなかったんですか!」女の子の声がする。「敗けて消えてしまうの、すごく怖かった!」

ほとんどの子どもたちが、もっともだ、と頷く。


「本当にごめんなさい。そのとおりよね」

ミヤビは心底申し訳なさそうな顔をして、間をとった。


「どうせティルナノーグには残れないのだから、敗けたら速やかにこちらに転送したかった、という都合が一つ。もう一つは…『負けたら死ぬ』というくらいの気構えで戦ってくれないと、意味がなかったってこと。だって…」

ミヤビの見上げる目を見て、僕はゾクっとした。


「擬体で負けたら、死ぬから。あなたたちも、何万の人類も一緒に、ね」


その時だった。耳をつんざくようなサイレン音。この建物だけでなく、マグ・メルすべてで鳴り響くかのような…。


「…『警報』が鳴ったわ。ここから先は、この人の言うことを聞いてね。あなたたちの、アンソニー・フラット。トニーって呼んであげて」


ミヤビが手で指し示した方向に一斉に振り向くと、そこには黒いピタッとした上下にニット帽をかぶった、痩せた男が立っていた。


「ハーイみんな。いやあこりゃあすごい人数だ。わくわくするねえ。戦力・大幅・アップ。S・O・U!なんてな!」


男と目が合った気がした。男の目は小刻みに俺たちを見わたす。


その日から、僕たちの真の戦いが幕を開けた。


第二部・完

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DOGs~子どもの国の駅前デスゲーム~ 雪平つつ @yukihira22

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