第三話 ルールの変更をお知らせします

その光景は、そこに足を踏み入れたすべての人にとって圧巻だっただろう。


「スタジアム」―。その巨大な空間は、昨年までと大きく異なる、異様な姿になっていた。


観客席は5階構成、すり鉢状ではなく、構造としてはオペラ座のように縦にフロアが積みあがっている。そしてその客席が取り囲む中央には、大きなビルが建っている。


ビルとは言っても解体中の廃ビルのような、外壁が崩れ落ちた構造体。フロアごとに100メートル四方はあろうか。それぞれのフロアにはむき身のコンクリートの壁で部屋や空間が大雑把に区切られていた。地面に相当するレベルゼロには、建物の外周に多少の余地と、無造作に積まれた瓦礫があった。


観客席とビルの間には、一定間隔で透過ディスプレイが並び、そこには「本戦開始まであと258秒…257、256…」とカウントダウンがなされている。


残り10秒となると、5万人の観衆は一斉に「10!9!8!…」と唱和した。

ボルテージはこれ以上ないほどだ。


巨大空間が暗転し、ファンファーレの音が響き渡る。

すべてのディスプレイに女性の顔が映る。濡れたような黒いまつげにシャープな鼻筋。知性と共に畏怖を感じさせる冷たい美貌。おなじみのコミッショナー、ミヤビ・アマノだ。


コミッショナーは、会場のボルテージを押さえつけるように、あえて冷静な口調でしゃべり始めた。


「決勝戦に進出した9名のハンドラーを、予選での撃破数が多い順にご紹介いたします。一人目、池袋代表、伊勢拳也くん、予選での撃破数、8!!」


画面には茶髪のハンサムな、そしてどこか皮肉っぽい笑みを浮かべる少年の顔が映される。

おおおおおおお!!と会場に地響きが起きる。予選での撃破数8というのは、おそらく史上最多ではなかろうか。


「品川地区代表、大河原沙織さん、撃破数5!!」歓声が起きる。素朴な顔の少しぽっちゃりした少女。5。パーフェクト。

「中央地区代表:九頭竜くずりゅう たけしくん、銀座地区代表:平良たいら とおるくん、共に撃破数4」

精悍な顔つきの少年が二人。双方ともに笑みを浮かべているのは自信の表れか。


「東京地区代表:田中 隆弘たかひろくん、渋谷地区代表:杉野なつさん、撃破数3」

とりたてた特徴のない少年と、なつ、がそれぞれ画面に映し出される。なつは笑ってはいなかった。日焼けした肌に、一文字に結んだ口。

「上野地区代表:結月ゆづき ひかるくん、秋葉原地区代表:真嶋まじま 瑛悠あきはるくん、撃破数、2」

冷ややかな視線の美少年と、僕が映る。僕…ひどい顔だ。不快感をあらわにしているのは僕だけだが、構うものか。

「そして新宿地区代表:川西つばめさん、撃破数1」

おおーっと声が上がる。撃破数1で決勝に上がるのもまた珍しい。運のいいサバイバー。僕はそいつが、実際にそうだったことを。この撃破数1とはすなわち、ナルオのことだった。


僕はクソっ!!と声に出す。ナルオは強かった。なのに連携プレーを運悪く食らった。

新宿の生き残りサバイバーであるメガネ女子は、決して感じの悪いやつではなかった。それは分かる。だがこの決勝で、僕の手で必ず倒すと決めた。ナルオへの、僕に期待してくれたナルオへのせめてもの手向けだ。


そして何より、僕と交互に映っていたあいつ…。結月、ひかる


僕は自分が立っている秋葉原地区のバルコンから、隣…とは言っても30メートルほども離れた上野のバルコンを見やった。細かい表情は見えないが、ひょうひょうと立っている結月を、僕は目いっぱいにらみつけた。


AOIを公衆の面前で倒した、その一部始終がテレビで放映された。AOIのファンたちが泣き崩れる様子が取り上げられた一方で、一部の一般女性たちが、彼の――青い擬体に魅了されてファンになった、という声があった。まったく理解できなかった。

そしてそいつは、未咲と地下道で遭遇し、倒した、と聞いた。世界の誰よりも大切な未咲を。

未咲がまっとうな勝負で負けるはずはない。何か卑怯な、もしくは奇異な手口を使ったのだ、と僕は思っている。あらためて本人を前にして、怒りのあまり視界がゆがんだ。見ていろ。僕が差し違えてでも、あいつを殺す。


――――昨夜のDOGのセリフ。結局その真意はわからなかった。

「戦えば会える」。それだけだった。それはどのような再会なのか。僕は昔のレジェンド格ゲーの名前を思い出した。「DEAD OR ALIVE(生死問わず)」。


DOGの言うことを信じているわけではない。それでも、希望はもった。だから戦う。どういう結末であろうとも、消えたナルオと、未咲に触れられるのであれば―。

そしてやつは、優勝しろとは言わなかった。優勝には興味はない。知らないやつらはどうでもいい。僕の目先の目的は、川西つばめ、そして結月輝を倒すことだけだった。


コミッショナーは一転、声を張った。

「この9名のハンドラーたちが、ただいまより、991年クルセードロワイヤル決勝戦を戦います!!」


ドーンという銅鑼の音と共に、スタジアムのあちこちから、勢いよく煙が噴き出す。クルセードロワイヤルは神事であると同時に、ティルナノーグ最大のエンタテインメントだ。そして、僕にとってはそれはまさに、復讐のゴングだ。


9名によるバトルロイヤル。開幕と同時に川西つばめを狙う。一対一で接近すれば、勝てるはずだ。根拠はない。だが、僕には固い意志がある。最大の接近戦コンボを畳みかけてやる。

そしてその後は、他の擬体には目もくれず、薄青い擬体を探す。AOIが無残にも敗れた映像をみた限り、やつの足は鋭利な刃物のようだった。近づくのが危険ならば、ピンク戦で開発した「ソニックブーム(仮)」で隙を作る。もしも盛り返されても、足の一本や二本はくれてやる。脚を捕まえて、近距離で寸勁を食らわせるのだ。


スタートの合図と共にビギンバトルを唱えるべくスタンバイする。しかし、透過ディスプレイに警告色の赤が表示される。中央に「ルール変更について」の文字。


「重要なルールの変更について説明いたします。“マグ・メル”の要請により、本年より」


コミッショナーがここで咳ばらいをする。


「『クルセーダー』を、!」


会場が揺れた。何万人もの興奮と困惑が一つの大きな「おお?」なのか「ええ?」なのかの声として発せられた。


「3名の選出方法は、従来のバトルロイヤル形式ではなく」

コミッショナーは噛んで含めるような丁寧な発音でしゃべり続ける。

とし、勝ち残ったチームの3名を、クルセーダーといたします」


チーム戦、だと…?僕だけではないだろう、事態が呑み込めなかったのは。

隣――とは言っても30メートルほど離れた銀座のバルコンを見ると、銀座の代表・平良がポカンと口を開けている。先ほどの微笑も消えて、心底呆然としている様子だ。逆側、上野のほうを見る。結月も脱力しているように見える。

怒りと混乱のうらはらで、僕はこのルールを聞き逃したらマズイと本能的に察知する。よく聞け。聞かないと後悔するぞ。ゲームで最も大切なのは、ルールだ。


「チームごとに、となります。一人が残存した場合でも、その擬体も敗北となります」


一人で生き残っても、チームが敗けたら消える、ということか。


「チームは必ず助け合い、勝利を目指してください。以上です」



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


第二部は大幅なルール変更から…!第一部の序文でもルール変更についての引用がありました。

さて、主人公はどんなチームで戦うのでしょうか?

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