第十二話 敵は誰だ

道場どうじょうのビルではちょっとした騒ぎが起こっていた。

電話機や自販機が破壊され、その中央にはアイドルと空手道着の美少女が倒れていたのだ。

未咲とAOIが「エンドバトル」と唱えて元に戻ると、芸能事務所の社長や道場の師範、ビルのオーナーまでが二人を覗き込んでいた。


AOIはその場にいた大人たちに、自分たちがクルセード・ロワイヤルのハンドラーであることをくれぐれも口外しないように、繰り返し要請した。ついでに、このビルには入館許可のない子どもは絶対に立ち入らせないように頼んだ。ビルのオーナーは、しばらくの間、警備員をつけて対応すると約束してくれた。


もはや町に安全な場所などない。どこか、安心できる基地のような場所が必要だと思ったのだった。クルセード・ロワイヤルの熱狂的ファンである事務所の社長は、3Fにあるレッスンルームを自由に使わせてくれると言った。グループのアイドルが激しくダンスを踊れるくらいの広さがある。


「ここなら、擬体をアンジップしても大丈夫だね」僕は少し興奮して言った。

「模擬戦くらいできるかも」未咲も同調する。


レッスンルームから大人たちが出ていくと、AOIはぼそりと言った。

「情報が漏れるわね」

「あれだけ言ったのに?」

「無理でしょ、下手するともうメディアに知らせてるやつがいるかも」


間近で見るAOIは、たしかに、というか想像以上に、とびぬけた美少女だった。テレビで観るAOIはメイクで少し“作られてる”感じがあるのだが、素肌の彼女は文字通り輝いているように見えた。


「それで、どういうことよ」まだ警戒しているからか、AOIは顔に似合わないドスのきいた声で話し始めた。

「なんで、つぶし合ってるわたしたちが、仲間になるのよ?」


「ルールが変わったから、チームを組むんだよ」こちらも少し興奮気味のナルオが言った。それはそうだ。ナルオはAOIの大ファンである。

「残念ながら俺たちの置かれている状況は、絶望としか言いようがない。何をどう頑張っても、54人のうち一人しか残れない。だったら、その一人を確実に引き寄せるしかない。」


AOIは理解しかねる様子だった。

「でも、同じ地区でチームを組んでどうするのよ?アキバディストリクトで代表を選ばなければいけないんでしょ?」

ナルオが得意げにちっ、ちっ、ちっ、と指を振る。


「さっき君たちを襲ってきた兄妹、あれ、どこから来たと思う?」

「え?アキバディストリクトの残りのハンドラーじゃないの?」

AOIはハッとする。

「ここに四人。そして昨日一人敗退しているから、残りは一人しかいない」

未咲がまとめる。

「別の地区から襲いに来た、ということよね」


あの(おそらく年子としごの)兄妹は、僕たちと同じ結論に達したのだ。

生き残るなら兄妹のいずれか。そのために、他の地区の強そうなヤツを倒し、スタジアムでの決勝を有利にしようとしているのだ。なんで秋葉原に来たのかはわからないけど。


「だから、AOIにはとどめを刺さなかった」

「『弱いから放っておけ』みたいなこと言ってたもんね」

「ちょっと、どういうことよ!!」AOIは目を吊り上げて言った。アイドルしているときには決して見せない表情だ。

「一応言っておくけどね、この空手女の打撃“だけ”が、な・ぜ・か、私に直撃するのよ。私の擬体はほかのやつらには負けないわよ」


AOIは擬体をアンジップした。

女性型の赤い機体は、艶やかなテクスチャといい、曲線といい、おそらくかなり美しいフォルムをしていた。…が、本来の美しさがわからないほど、あちこちが破損している。「ハートのクイーン。最強の防御擬体…のはず」AOIは口を尖らせて言う。

「なんで急に直撃を食らうようになったのよ」


「それはさすがに、企業秘密じゃない?アオイちゃん」ハートのクイーン、と呼ばれた擬体は周りをゆっくり見渡しながらいった。少しハスキーな、甘い声だった。

「いずれは敵になるんだし」

最後にウィンクが入った。擬体なのにウィンクするんだ…さすがハートのクイーン…、と僕は感心した。


話を戻そうぜ、ナルオが言った。

すると手で制するように、未咲が口を開いた。


「ナルオ、アキ。まず、勝手にこのアイドルの人を仲間にするって決めて、ごめんなさい」

未咲はナルオと僕の顔を交互に見て言った。

「あの時、わたしはとどめをさせなかった。この人が言ったとおり、この人の向こう側には多くの人々の生活や楽しみがあるんだな、って、思っちゃって」


僕は黙っていた。ナルオの表情をうかがうと、ふむふむと納得している様子だった。そりゃあそうだ、AOIのファンなんだもの。

「謝らないでいいぜ、未咲。戦略的にも正しいし」


未咲はAOIのほうに向きなおる。

「もしも自然な運命で、あなたが生き残るなら、それはそれでいい」

レッスン室の防音性能で、未咲の声はいつも以上にくっきりと聞こえる。

「それが、仲間になってもいいって意味。ただし」

僕が口をはさむ。

「ただし、未咲が優先だ」

いつになく強めの口調に、自分でも少し驚いた。三人が僕のほうを見る。

「未咲とAOIのどちらかしか助からないならば、おれは迷わず未咲を助ける」


未咲は微笑んだ。口の形で、ありがとう、と言ってるのがわかった。


助けるなんて威勢よく言ったはいいが、問題は僕が一番弱いということだった。


翌朝の新聞の一面いっぱいに「アキバディストリクトに女神降臨!?AOIがクルセード・ロワイヤルに参戦!!!」の文字が踊った。AOIの予想どおりだった。まあ、国を挙げてのイベントの選手にトップアイドルが選ばれたのだから、報道機関が放っておくわけがない。AOIは芸能活動を休止すると書いてあった。


そして、特設欄を見て驚いた。秋葉原の「残りの一人」は、なんと既に敗退していた。


―敗退―

アキバディストリクト:

ダイヤの9、佐藤次郎丸くん 「ラグビー、小学生ばなれしたパワーとスピードで地区代表を期待されるも、両手足を粉砕され、無念の敗退」15:02


なんという強そうなやつだろう…しかもそんなパワー派が両手両足を粉砕って…。


ハッと気づいた。あのゴツい兄妹。そうか、そうだったのか。佐藤次郎丸くんは、あの兄妹を同時に相手にしたのだ。左右両腕を極められて悶絶する様を想像して、総毛だった。


つながった。あの兄妹は、“秋葉原で一番強そうなやつ”を倒した後、たまたま通りがかったのだ。

強烈な強さでAOIを打倒している未咲を見て、きっと「お兄ちゃん、こいつも倒しておこうよ」「そうだな、典型的な『漁夫の利』だしな」などと話しながら、未咲を襲撃したのだ。


そう考えると、本当に危なかった。いてもたってもいられなかった僕たちが、未咲の稽古が終わる予定の一時間も前に道場に向かい、ピンク電話が飛んでくるのを見ていなければ、未咲を喪ってしまうところだった。


今まで以上に警戒を強めなければならないぞ。僕は気を引き締めた。


新聞には他にも有益すぎる情報が満載だった。

品川地区はなんと昨日一日でさらに二人が敗退し、残り二人だけになっていた。早晩、代表が決まるだろう。銀座と東京も二人ずつ敗退。ちょうど半分になっていた。渋谷は一人が敗退していた。


対して、上野、池袋、新宿の三地区は無傷だ。例年、この三地区は血の気が荒いというか、比較的荒れた勝負が多いと噂されている。どういうことだろう。ハンドラーが決まるのが遅かったのか、たまたまなのか。


これらの地区が、今年のクルセード・ロワイヤルを象徴する激しい戦いを展開するのは、二日後の夕方のことだった。

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