第十三話 池袋の暴君
池袋には、「暴君」がいる―。
北側の地区では、そんな噂が流れはじめていた。選りすぐられたハンドラー達にあって、暴君とまで言わしめるその強さとは、どのようなものだろうか。
その少年は、駅の北側に広がる巨大な歓楽街で育った。歓楽街と言えば聞こえはいいが、あらゆるタイプの犯罪が日常的に起きる、無法地帯でもあった。
彼の母親は美貌の持ち主で、その美貌を活かしながら生きていた。少年もまた、母親ゆずりの美少年だった。幼い時分に母親がほぼ育児を放棄してしまったため、近隣の料理店などから食べ物をめぐんでもらうすべを身に着けた。小学校に入る年齢になると、少年を“商品”として扱う大人が現れた。
その大人は歓楽街の有力者で金を持っていた。少年は彼に従うことで生きていくことができ、小学校にも通うことができた。生活が保障されることのすばらしさを彼は知った。
小学校の高学年になると、似たような身の上の少年たち数人と、泥酔した大人を襲撃して金品を奪取することを始めた。襲撃には主にスタンガンを用いた。
行為はエスカレートし、様々なトラブルが起きた。仲間の少年が逆に大人に暴行されて亡くなったりもした。それでも少年たちは、集団であることが、この街の狡くて暴力的な大人たちに対抗するために有効であることを実感していた。「手下がいるってのはいい」彼は思った。
少年の背が大人とそう変わらなくなってくると、彼はあることに気が付いた。それまでにも金品の分け前などをめぐって少年同士が争うことはしょっちゅうあったが、彼が
そのうち彼は、子どもたちの集団内ではもちろん、大人に対しても暴力をふるうことに快感を覚え始めた。彼が拳を顔面や内臓に叩きこむと、大人ももんどりうって倒れた。もちろん抵抗してくる大人はいた。しかし、大人たちのパンチは、彼にとっては欠伸が出るほど遅く、避けてからじっくり自分の拳をめり込ませるだけの余裕があった。
ある日を境に、少年を“援助”していた街の有力者は「裏社会の表舞台」から姿を消した。人が変わったように怯えるようになり、豪邸に
少年の元に擬体があらわれたのはそのしばらく後のことだった。
彼は狂喜した。
擬体は言うなれば、暴力を増幅する道具だ。そして彼を選んだ擬体は、彼にとてもマッチしていた。
彼は擬体により増幅した力を試したくてしょうがなくなった。
彼は、同年代の仲間たち――実質的には手下たち――に、地区中の小学校を調べさせ、ハンドラー候補を割り出していった。怪しいと噂された少年少女を、明らかに尋常ならざる風貌の不良少年たちが取り囲んだ。ハンドラーとして選ばれる少年や少女は、多くがスポーツなどに熱中する“普通の”小学6年生である。たとえ擬体があったとしても、悪意的に囲まれれば反射的にすくみあがる。
最後に悠然とあらわれた少年が、挑発的に相手に顔を近づけると、「ビギンバトル」とつぶやく。至近距離で擬体へのインテグレーションを行うと、もう一方も強制的に擬体が発動する。つまり、相手がハンドラーであれば、隠すことはできない。こうして、少年は地区のハンドラーを一人ずつ暴き、その場で擬体バトルを仕掛けた。
少年の擬体は、まだ不慣れなハンドラーたちの擬体を、打撃で圧倒した。そして最後は必ず、擬体の腹部の駆動部に拳をめりこませ、行動不能にした。
しかし、少年はあえて、相手にとどめをささなかった。
そして美しい顔と似合わない、耳ざわりの悪い、かすれた声でこうささやくのだ。
「お前は生かしておいてやるよ。その代わり、一緒に他の地区の擬体をつぶしに行こうぜ」
少年の名は、ケンヤ。姓は名乗らない。母も名乗っていないからだ。
5日で地区内の全てのハンドラーを従えたケンヤは、6日目の午後、全員を駅に集合させた。少年3人と少女が2人。従わなければ最初に消すと脅したので、全員が時間通りに来た。
小学生の集団。取り巻きの少年たちの身なりが若干荒れているとはいえ、はた目には、まるで遠足にでも行くかのように和やかに見える。
「それではみなさん。これから一緒に、上野地区を殲滅しに行きまあ~す!」
ケンヤは駅前の広場で高らかに言った。
「理由は、一体でも多くの擬体を叩きつぶしたいからで~す!」
ケンヤの不快にかすれた声が響き、周囲の大人たちが思わず振り返る。
「上野地区には、池袋が殲滅しに行くと伝えてありまあ~す!」
ハンドラーたちの顔つきは神妙だ。他地区をつぶしに行くという考え方は、生存戦略としては悪くない。だが、仮に池袋だけが残ったとして、どうなるのだろう…。
「向こうはきっと迎撃してくるよ。ちゃんと戦わないと死ぬから。必死で戦ってね!」
ケンヤはきれいな顔に笑みを浮かべ、先導するように電車に乗った。
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