第五話 恐怖のウルトラマン
結局、元のフロアに戻った。コンクリートの迷路を探索するしかない。
外から見た限り、この建物はかなり広い。しかし、おそらく観客から見やすいようにだろう、あちこちの壁が抜けている。
なにかが動いた。
擬体が見えたわけではない。でも何かが…
僕はコンクリートの壁沿いを用心深く隠れながら進む。DOGは音もなく移動できる。
このあたりだったか?緊張が走る。もしいるとするならばこの壁の向こう…。
僕が壁の向こうを覗こうとした瞬間――そこからたった1~2秒の間にたくさんのことが起きた。
まず、僕が身を隠していたはずの壁が突然、爆砕した。
砕け散ったコンクリートから朱色の擬体が出現し、僕の下半身を捕まえて倒した。
僕は頭部を抱えて致命打を防いだが、背中を強打した。
間髪入れずに顔面に上からパンチが飛んできたのでひじでガード、それたパンチは胸に当たって装甲にひびがはいった。
もう一発来る!とビビった時、横から光が線のように飛んできて朱色の擬体の脇腹に直撃した。〈←イマココ〉
僕は完全にマウントを取られていた。
朱色の擬体は、おそらく光球の攻撃を直撃されたにも関わらず、マウントを解かない。痛みもそれなりにあったはずだが。この隙に何かしなければ、次で殺される。
だが攻撃手段がない。肩は抑え込みからかろうじてのがれていたが、腰から下はまったく動かせない。この姿勢で殴り掛かってもダメージなど与えられない。
もうこれしかない。
僕はDOGのやや長めの手を活かして朱色の擬体の首元をつかみ、抱き寄せた。抱き寄せたとは言っても、動いたのは僕の上半身のほうだ。まるで親に抱きつく猿の子どもみたいに抱きつき、光球が飛んで来たほうの視界をふさぐ。
朱色はものすごい力で僕を振りほどこうとする。一瞬だけでいい、全力で耐えろ!
僕の視界に、二度目の光球が見える。当たれ!
「ぐえ!」
朱色の力が抜ける。光球は寸分たがわず同じ場所、朱色の脇腹にヒットした。さすがに装甲が破損。両腕を放した敵の脇腹に向かって小刻みにボディブローを連打した。姿勢が悪いから威力はないが、破損部分ならそれなりに利くだろう。
朱色はさすがに
「なるほど、チーム戦ってなかなか厄介だね」朱色は言った。
「一人ずつなら、確実に始末できるんだけど」
朱色の擬体は俺やなつとは異なる、赤いオーラをまとっていた。また別のチーム。
朱色の擬体―正確には、擬体の中央部が朱色で、四肢は銀色だった。テレビでやっていたウルトラマンというヒーローに似ている。だがウルトラマンとは異なり、腕が長く、脚が短め、そして双方太くて頑強だった。
ちりちりとした焦燥感。いや、恐怖と言ったほうがいいだろうか。組み合ったときに感じた圧倒的なパワーと、有無を言わせぬスピード。そしていきなりコンクリの壁をぶち破って攻めてくる大胆さ。おかげで1秒の間に背中と胸の装甲をやられた。助け舟が入らなければ、もう、僕は死んでいた。
めちゃくちゃ強いぞ…。隙を見せた瞬間にやられる…。僕は直観した。
マッチョなウルトラマンから目を離せないせいで、もう一つの重大なことを確認できない。そう、光球は誰が放ったのか。普通に考えれば味方。それはどこのどいつなのか。
「あんたの擬体、好きだな、悪者っぽくて。倒したくなる」
ウルトラマンは低姿勢で構えたまま、楽しそうに言う。
「おれもあんたの擬体は好きだよ、ウルトラマンみたいで」マッチョすぎるけど…とは言わなかった。キレさせたりしたらやっかいだ。
「でしょ?あたしもそう思う。あたしにぴったりだなって」
あたし…?へえ、この頑強さにして、ハンドラーは女子なのか…。擬体の強さに性別は関係ないと思われるが、それにしてもさっきの振る舞い…。人類というより、ゴリラ…霊長類。
「隠れているお仲間が反応できないスピードで倒す」ウルトラマンは言った。
…来る…!
この姿勢の低さはおそらくタックルだ。僕は知識を総動員する。レスリングや総合格闘技のテイクダウンを狙っている。そしてウルトラマンのタックルは、おそらく最上級に速い。
呼吸だけでタイミングを読んだ。僕は風圧を感じる前に地を蹴り、大きくバク宙した。壁に着地し、三角跳びの要領でウルトラマンの頭上を大きく飛び越え、逆サイドに回った。
壁を背負えるように回り込み、次の
このポジションチェンジには、大きな目的があった。
光球が飛んで来た方向、つまり助っ人―おそらく同じチームの―を目視で確認するためだ。ホール状になっているので、およそ2~30メートル先まで見通せるが、誰も…見えない。
隠れているのか…。僕は思う。そして望ましくない可能性について、考えをめぐらす。
だが目の前から意識を逸らせるわけにはいかない。ウルトラマンの殺気は尋常ではない。先ほどの逃げ方がまた通用するとは限らない。攻撃に転じるか?一回だけならばフェイントに引っかかってくれるだろうか。
かつてナルオとよく遊んだ格ゲーで、好んで使っていたキャラの「地味技」。地味とは言っても、前方一回転ひねり―ツッコんでくる相手の後頭部にヒザをかますという、人間にはまずできない技だ。だが、擬体ならば。DOGならできる。
意を決して仕掛ける。まずはフェイント、自分がタックルを受けるそぶり。これでウルトラマンを誘発する。
誘いにのったウルトラマンが動く。僕は地面を蹴る。
空中でのひねり回転からの打ち下ろし―しかし、視界からウルトラマンが消えた。
空疎なコンクリートの床に、無意味に盛大な一撃を食らわせてしまった。先ほど、ウルトラマンに背中を打ち付けられた場所だったので、大きなひびが入った。床…、抜けるのだろうか?
その次の瞬間。横から、ダンプカーにはねられたような衝撃。
僕はなにをされたのか状況の把握につとめる。そしてそれがおそらくタックルだということに気づく。
腰が動かない。
溺れるものは藁をもつかみたい。頼む、助っ人!ここで光球の出番だろ!
だが光球は来ない。
暴れる僕の脚が空を切る。
なぜだ?早く!来ない!早く!早く!
ウルトラマンは動じる様子はない。全力で抵抗する僕を、ついに床に叩きつけようと…。
「そおおりゃああああああ」
風切り音と共に僕の眼前にコンクリートの床が迫る。
爆砕。目前の風景が幾何学的に瓦解し、そして吸い込まれる。
無重力へ。
僕たちは床をぶち抜き、10mも下の階層に落下しているのだ。
僕は身をよじりながらウルトラマンに一撃食らわせ、熱烈なハグから逃れようとする。
「げふっ!」
落下の衝撃。落下直前、ようやくハグが解かれたが間に合わなかった。
ウルトラマンは受け身を取ったようだが、こっちは激しい痛みに動けない。
さっき、床に叩きつけられる
万事休すか。
見上げた僕の視界に、意外なものが入った。
落ちてきた僕たちを啞然と見下ろす、新たな擬体だった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
「ウルトラマン」は固有名詞(おそらく円谷プロさんの)なのですが、作品内世界でも広く知れ渡ったヒーローの代名詞として、フェアユースと考えてあえてそのまま書いています。
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