第二部 スタジアム編

第一話 スタジアム

「ずいぶん気にいってるようだね、こっちの国を」

灰色の猫が言った。声色はかわいらしいが、口調はどことなくおじさんぽい。

「可処分時間のほとんどを、ここで過ごしてるんじゃないか?」


「それはそうでしょう。あっちと比べて平和だし、子どもたちはかわいいし」

黒スーツの女性が、眼前に設置された大型のディスプレイ画面から目を離さず、答えた。

「それに、たまには戻っていますよ。身の安全を確認するためにも」


スタジアムにクルセードロワイヤルの決勝を観に行ったことがあるなら、この黒スーツの女性に見おぼえがあるはずだ。

彼女の名は、ミヤビ・アマノ。いや、それよりも「コミッショナー」として知られている。


ミヤビは組んでいた脚を組み替えると、猫に一瞥くれた。

「というか…、博士、そのアバターかわいすぎるんで、やめてもらえませんか?ついでたくなっちゃう」


「撫でていいよお、ぜひ撫でてよ。にゃ~ん」

かわいらしい灰色の猫がかわいい声でかわいく喋ったのだが、ミヤビはブルブルっと身震いした。

「いやですよ。知の巨人として尊敬申し上げていますが、撫でて差し上げるような関係性はごめんです」

「ねんごろ、ならぬにゃんごろ、なんてな」

「セクハラ!」

猫はぐっぐっぐっと笑うと、ミヤビの脇にあるコーヒーテーブルにぴょんと飛び乗った。ミヤビの視線の先―横幅2メートルはあるスクリーンを見ながら言う。


「しかし、これまたすごいの造ったね。前回までと、ぜんぜん違うじゃない」

「ええ。数や条件が抜本的に異なりますから。適した形に変えていかないと」

「たしかに、これなら市街戦や遭遇戦、あらゆるものの想定はできるな」

猫はゴロゴロと唸る。


彼らの目の前に表示されているのは、巨大な廃墟、廃ビルのようなものだった。ただ、内部が丸見えだ。なんらかの理由で外壁だけが崩れ落ち、内部の構造だけが残った、4~5階建てのビル。その外周をカメラが回っているような画像だった。


ミヤビが指先を左右に動かすと、建物がくるくると回転する。ミヤビが建物の一点を指さすと、そこに何かのマークが設置された。

「スポーン位置?」

「そうです」

「サジェストで自動的に割り振るんじゃなくて、キミが手作業しとるのかね?」

「AIのサジェストどおりだと、ちょっと味気ないんですよ」

ミヤビは口角だけをあげて、笑って見せた。

「せっかくの本戦、楽しみたいじゃないですか?」

「キミはあれだな、サドだな。そこには誰を?」

「ここには、新宿の代表の子」

「ああ、つばめちゃんだっけ?野球の」

「そうです。…擬体の素地とは似ても似つかない、かわいい子ですよね」

ミヤビの言葉を受けて、猫がにゃっと笑う。

「…そうか、だからメガネなんだな。今気づいたわい」


ミヤビはくるくると建物を回転させ、次の位置にマークを設置する。

「そこには?」

「秋葉原を配置しようかと」

「おっ、実験犬その3だな」

「はい、“蓋然性”を振り切った、博士のアレです」

「むふふ、あれは切り札になるかもしれんからね。擬体の素地がそもそもだいぶ異色だしね。予選のみならず、本戦も頑張って欲しいところだよ」

「調整は入れないので、瞬殺で死ぬかもしれませんよ。近くに強いのが配置されます」

「そうじゃの、育つ前に倒れたら、それはそれってことだ。実験犬2も、敗けはしたが良いデータが取れたし」


ミヤビは全地区の代表の配置を確認する。

「これでいいわ。実体化デプロイしてちょうだい」


どこかから機械音が聞こえ始める。ミヤビの顔を一条の光が照らす。


ミヤビと猫が正対する壁面が、中央から割れていく。まばゆい照明が差し込んでくる。

壁の向こう、そこにはコンクリートでできた巨大な建造物がまみえる。

全長・全幅100メートル、高さ40メートル。外壁が取り払われ、中には5層の階層があることがわかる。コンクリート製の複雑な構造物――先ほどまで立体グラフィックとして見ていた『まるで廃ビル』がそこにはあった。


「さあ、“矛盾”を生き抜いた9人の天才たち、存分に発揮してちょうだい、あなたたちの“蓋然性”を。この『スタジアム』で」


猫は壁際にひょいと移動する。

「さあて、どの犬が残るかの?」


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - ◆あとがき◆- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

いよいよ第二部「スタジアム編」がスタートです!


9人の代表がどんな戦いをするのか気になった方は、★やレビュー、応援コメントをいただけるとたいへん励みになります!!


雪平つつ

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