第51話 仕手

 香澄は、頼之の自信ありげな顔を見て、少し口角を上げた。

 その表情は、笑顔のように見えて、実は、非なるものだった。

 

 飯野は、トップ2人の、和やかに見え、実は敵対する雰囲気に圧倒されていたが、香澄の優しげな表情を見て、少し安堵した。

 彼女の、周囲を和ませる笑顔は、強力な武器になり得るものであった。



 このような中、頼之は口火を切った。



「ITの発展は凄まじく、特にAI技術は将来の社会変革をもたらすものと言われています。 御社のグループ企業である、住菱嵐山テクノロジーは、AIシステム開発において日本を代表する企業であり、世界的に見ても、その技術力は非常に高いものです。 しかしながら、AI技術はソフト面だけで完結させる性質のものではありません」


 頼之は、香澄を見据え、一呼吸してから再び続けた。



「人の代わりを担う道具の開発 …。 すなわち、真の産業革命は、人工知能を有する人形ロボットにあり、その頭脳となるAI半導体は肝となります! AIプログラムを半導体に組み込めば、ロボット技術において、飛躍的な発展を見込めるでしょう。 我がグループ企業である、日の元のパワー半導体と、住菱嵐山テクノロジーのAIシステムとの相性は最高と言えます」


 頼之は、目を見開いてアピールした。  

 香澄の表情を見て、確かな手応えを感じたのか、拳を力強く握りしめている。



「それで、人形ロボットの用途は?」


 頼之の態度に水を差すかのように、香澄は冷ややかな口調で話した。



「著しく人口が減少する中、最初は肉体的な労務を必要とする業種において需要があると考えます。 完成度が増すと人との共存、つまり、あらゆる業種において活用できると思います。 だから、乗り遅れてはならない …。 人形ロボットの開発は急務であり、我々は、ぜひとも、住菱グループと共に歩みたい! いかがでしょうか?」


 頼之は、自分の娘ほどに若い香澄に対し、深く頭を下げた。

 彼は、目的のためなら、プライドを捨てる事ができる男だった。

 飯野は、普段見ない社長の低姿勢な姿に、大いに面喰らった。



「我がグループには、ロボット製造のノウハウを持つ企業もあるから、実現の可能性は高いと思う。 そうね …。 確かに魅力的な話だわ。 しかし問題は、巨額の開発資金と設備投資をどうするか …。 どのくらい必要なの? それは、誰が調達するの?」


 香澄は、ことさらに他人事のように話した。



「当方は、AI半導体の製造まで参加できますが、ロボット製造においては力が及びません。 資金は、半導体製造の設備投資だけで数百~数千億円規模になるでしょう。 これも …。 住菱グループの資金協力無くしては実現できません。 しかしながら、我々は、丸菱ではなく、住菱グループと手を組みたいのです!」


 頼之は、香澄の表情を注意深く見ると、再び、頭を下げたまま、その状態を保った。



「分かりました。 この件は、私の裁量権の範囲内です。 資金面も含め、全面的に協力しましょう」



「エッ!」


 飯野が、つい場違いな声を出してしまった。



「当社の者が失礼な声を出して、すみません」


 頼之は、伏せていた頭を上げ、申し訳なさそうに香澄を見た。

 しかし、その表情は自信に満ちている。



「お気になさらずに」


 香澄は、優し気な顔で、頼之と飯野を交互に見た。

 


「グループ代表の、お父上に話さなくても決められるのですか?」


 頼之が、失礼のないように丁重に尋ねると、香澄はゆっくりと頷いた。



「メリットになり得る話なので、聞くまでも無い事です。 また、資金面も含め、その程度の判断は任されています。 ですが …。 言うまでもありませんが、当方に取ってリスクとなる条件は、全て契約の中に盛り込みますが、宜しいですよね」



「もちろんです!」


 頼之は、若い女社長に対し勝利を確信したかのように、明るい表情をした。



「それでは、一番大切な条件を、この場でお伝えします。 宜しいですか?」



「何やら恐いですな …。 どうぞ、仰ってください」


 頼之は、気持ちが楽になったのか、言葉とは裏腹に、余裕のある表情でこたえた。



「条件は簡単です。 あなたが引退し、代わりに、長男の頼伸氏をグループ代表に据える事。 それと、当社から専務待遇の役員を受け入れる事です。 問題ないと思いますが、これは絶対条件です」


 香澄の話を聞いて、頼之は目を見開いた。恐らくは、想定していなかったのだろう。

 隣に座る飯野は、頼之の顔を心配そうに見た後、下を向いた。



「菱友社長のご提案、二つ返事で承りたいところですが、社内で調整が必用な点もある事から、持ち帰らせてください。 まあ、自分に取って、ちょうど良い引き際ですわな」


 そう言うと、頼之は豪快に笑った。

 

 

「今の件ですが、持ち帰るのは良いんですが、1週間以内に、正式なお返事をください。 宜しいですか?」



「承知しました」


 頼之は、息を吐いたあと呟くようにこたえた。

 彼は、不機嫌さを隠すのに必死だった。


 その後、香澄に丁重に見送られて、2人は会社に戻ると、直ぐに社長室に入った。



「桜井専務を呼んでくれ。 これから打ち合わせだ」


 頼之は、不機嫌な感じを隠しもせず、飯野に指示した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る