第7話 初恋の人
風間は、厨房から高級ワインを持ってきて、私の目の前に掲げた。そして、ワイングラスを2つ並べた。
「このワインは、フランスから仕入れたものだ。 凄くうまいんだ。 君のご主人の会社から購入してる。 この後も取引を継続するつもりさ」
風間は、ワインを注いだ。
「これ以外にも調味料などの仕入先は、君のご主人の会社さ。 取引を全て停止した訳じゃないからな!」
彼も悪いと思ったのだろう。弁解するように言った。
「気にしないで。 商売だから夫も割り切ってるはずよ」
私は、思わず風間をフォローしてしまった。
「じゃあ、次はワインの試飲だ」
「車の運転とか無いの?」
「車は店に置いとく。 でも、君は責任を持って家まで送り届ける」
「人妻だからダメ。 自分でタクシーを呼んで帰るわ!」
私は、ワインを飲んだせいか、酔いがまわり気分が良くなってきた。
「ねえ、外食グループ立田との取引はどんな感じなの?」
この件は時間がかかると聞いていたが、つい切り出してしまった。
しかし外食グループ立田の話になると、風間の歯切れが急に悪くなった。
「優佳里さん、悪いな。 立田は親父が社長なんだが、実質的な経営判断は専務の兄貴がやってるんだ。 親父との直接交渉を言われたが、兄貴抜きでは話を出せないんだ。 返事待ちだから、もう少し待ってほしいんだ」
「分かった。 今日、お願いしたばかりだもの。 期待して待つわ」
私は、風間の個人的な話に興味があったが、失礼と思い何も聞かなかった。しかし風間は聞かせたい様子だ。彼も酔っている。
「本音を言うと、俺と兄貴は兄弟なのにライバル関係なんだ。 少し変だろ」
風間は、恥ずかしそうに下を見た。
「仲が悪いの?」
私は、遠慮がちに聞いた。
「いや、そうじゃないが …。 年子で年齢が近いから、昔から張り合ってたんだ」
「ケンカとかするの?」
「口喧嘩する事はある。 でも、後を引く事はないよ。 ところで、優佳里さんには兄弟や姉妹はいるのか?」
風間は、今度は私に聞いた。
「私には、兄と姉がいるの。 兄は歳が離れていて8歳上だから喧嘩自体が成り立たないわ。 姉は2歳上で近いから凄く仲が良いの …」
私は、悲しみが込み上げて言葉に詰まった。
「どうした、元気がないぞ。 悩みでもあるのか?」
風間は、私の異変を察知すると、興味ありげに聞いてきた。
「夫とは2年の交際期間を経て、半年前に入籍したの。 でも、結婚式や披露宴はしてないの …」
「それって …。 ご両親は賛成してないのか?」
「そうなの。 彼は身寄りがなく天涯孤独なのよ。 だから反対された。 でも強引に入籍したわ。 だから私には、両親や兄や姉から連絡も来ないわ。 でも、彼のせいじゃないわ」
酔いがまわり、ワインが自白剤のように効いてきた。
「家族と引き換えに結婚したのか。 亭主の事を、家族より好きなのか?」
「そりゃ、好きで結婚したけど。 でも、風間先輩に言われると辛い」
私は、思わず風間を見つめてしまった。そんな私を見て、彼も見つめ返した。
「俺が言うと、なんで辛いんだ?」
「高校時代を思い出してよ」
「君は、美人で男子は皆憧れていたんだ。 俺もそうだった。 だけど、君には彼氏がいたよな!」
「確かに彼氏はいたわ。 でも、全然好きじゃなかった。 言い寄られて付き合ったけど直ぐに別れたわ。 なぜか分かる?」
「まさか、君は女性が好きなのか? 同棲も憧れるほどの美人だから …。 もしかして、そうなのか?」
「訳ないでしょ。 本当に鈍感ね!」
「レズじゃないのか? 分からない、教えてくれ」
「その当時、私には本当に好きな人がいたの。 その人は、私の初恋の人だったけど振り向いてくれなかった。 私からは勇気がなくて告白できなかった。 ずっと待ってたけど、結局なにも言ってこなかったわ。 一方的な片思いだったのよ」
私は、恥ずかしくなりワインを一気に飲んだ。
「おい、飲み過ぎじゃ?」
「バカっ! 張本人に言われたくないわ」
「えっ、初恋の人って。 もしかして?」
「そうよ。 初恋の人は、風間 涼介あなたよ!」
酔っていたため、私は大声で言ってしまった。でもその後、急に恥ずかしくなった。
「今の話、本当なのか?」
「そうよ、本当よ。 でも遅いわ。 私には夫がいる」
そう言うと、私の頬に涙がすーと流れた。
「なあ、優佳里は旦那を愛してるのか?」
「愛してると思ってた。 だけど今は …」
夫の顔が浮かぶと、言葉に詰まった。
「それって、どういう意味?」
風間は、再度尋ねた。
「風間さんと再会するまでは、夫を愛してると思ってた。 でも今は、すごく揺れてる」
「優佳里さんを好きだったと言うのは本当だ。 今も好きだ! 人妻に言うことじゃないけど、自分をおさえられない」
「私も、同じ気持ちよ」
酔って、自分が大胆になっていた。心は高校時代に戻った。
もう、止められない。
気がつくと、風間が自分の隣に座っていた。そして、憧れの人が顔を近づけてきた。それを見て、私から唇を重ねてしまった。
その後、風間は私を強く抱きしめた。体がジーンとして幸せな気分になった。夫の時と同じだ。
しかし、夫の顔を思い出した瞬間、風間を突き飛ばしてしまった。
「ごめんなさい」
私は、我に返った。
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