第10話 憐れみと同情

 伊藤課長から、カサブランカのオーナーシェフの実情を聞いて凄く心配になった。そういえば、昨夜、風間から、立田の専務である兄とライバル関係だと聞いた。伊藤の言う事が正しければ、交渉の相手を間違った可能性がある。


 高校時代に憧れた先輩だが、これまで交流がなかったから、人となりは知らない。

 夫から、良い人だと聞いた先入観があったし、田川専務の甥だから安心した面もあった。

 しかし、風間がビジネスパートナーとして関わって問題がない人物なのか、知る必要があると思えてきた。



 まず、夫に電話した。



「あっ、優佳里か。 どうした?」



「ええ、急ぎ、知りたい事があるの。 カサブランカのオーナーシェフの風間さんは、外食グループ立田の社長である父親や兄の専務と、良好な関係なの?」



「前にも言ったけど、父親の会社から融資を受けてカサブランカを作ったんだ。 父親は凄くやり手で、長男の専務と一緒に立田を急成長させた。 家族だから関係性は良いと思うよ。 ところで、立田との商談はこれからなんだろ?」



「ええ、風間さんにアポイントを頼んだけど心配なの」



「家族だから問題ないと思うけど、ただ、風間さんは立田の経営から外されてるようだ …。 もしかして、カサブランカの食材に関する条件書の件で何か問題があったのか?」



「えっ、なんで?」


 私は、不安になった。



「カサブランカの食材の選定は、オープン当時は立田の専務が絡んでいて、細かく指示があったんだ。 でも、変更する際は、全て風間さんの指示で決定した。 立田の専務が知ってるか気になるが …。 でも家族だから心配ないさ」


 夫は、家族のつながりを信じたいようだ。



「でも、立田の専務の考えで、もしかするとフランスの食材に戻す事になるかもね。 注意して対応するわ」



「フランスの食材なら負けないぞ!」


 夫は、笑った。



「うん」



 電話を切った。



 私は、次に田川専務を訪ねた。


 そこで、外食グループ立田との商談について、田川専務の甥の風間 涼介に頼み日程を調整してる事、他に、カサブランカの食材の商談も彼と行っている事を説明した。

 その上で、交渉相手が甥の風間 涼介で良かったのか尋ねた。



「涼介を不審に思うのか? やはり分かったか。 実は、次男の涼介を何とかできないかと、嫁いだ姉から相談されてたんだ。 長男の涼平は、凄く優秀で、涼介は兄に対し劣等感を抱いている。 父親の社長も天才肌だから、凡人の涼介は両者に挟まれ押し潰されそうになってフランスへ逃げたんだ。 母親は、そんな次男の事が不憫で、去年呼び寄せてカサブランカのオーナーシェフに据えた。 オーナーと言っても形だけで、融資した先の立田が実権を握ってる」


 事情を聞いて、私は風間が哀れになった。また、家族から縁を切られた自分と重なって見えた。

 

 そして、トラブルに自分を引き込んだ、田川専務に怒りを覚えた。



「なぜ私を、特命営業部長にしたんですか?」



「こうなったら言うよ。 うちの社長が、君の父上から頼まれたんだ。 親心なんだよ。 娘が可愛いのさ」



「ある意味、私も、立田の次男と同じ境遇なんですね」



「君たちは甘いぞ。 今回の件は、人生のチャンスと捉えるべきだ。 君も涼介も、コネだろうが、何だろうが、全てを利用して上を目指すべきだ!」


 

 田川専務が言うのは正しい。私も風間も、一般の人から見れば恵まれている。

 夫は従業員3名の会社で四苦八苦してるのに、私は、大した苦労もせず大企業の部長になった。そして、風間は一流レストランのオーナーシェフだ。いかに不公平か。

 腐らずに努力すれば、更なる高みが待ってるのかも知れない。


 私は、部長室に戻り自問自答していた。




 午後3時過ぎ、スマホが鳴った。見ると風間からだった。

 一呼吸おいてから出た。



「昨夜は、いろいろあったな。 俺は良かったと思ってる。 疲れてないか?」


 風間は、意味深な言い方をした。



「昨夜はどうかしてたわ。 忘れてちょうだい」



「何を言ってるんだよ? 俺の事を思ってくれてるんだろ! 俺も同じ気持ちだ!」


 

「そんな話はやめて。 ところで、立田との商談はどうなったの?」



「ああ。 もう少し待ってくれよ。 兄貴の返事がないんだ」



「待てないのよ。 部長の立場上、時間をかけられないの。 ダメなら直接、立田にアポを取るわ」



「ちょっと待てよ。 そんな事をされたら困る! 俺にも立場ってもんがあるんだ。 そうだ、今夜会えないか? 都内で時間を作るよ。 現状を話すからさ」



「ダメよ」



「そう言うな。 立田の内部情報も教えるからさ。 決して悪くないと思う。 但し、情報を教えるからには、君ひとりで来る必要がある。 新宿の東洋プラザホテルの1階にロメロというレストランがあるから、午後6時に来てくれ」



「遠慮するわ」



「そんな事をいうなよ。 昨夜、あんな事があったのに、冷た過ぎるぞ。 君は積極的だったじゃないか! あまり言いたくないんだ」



「何を言ってるの? それって、私を脅す …」



「そんな事言ってない。 カサブランカの件も含め、君と商談をしたいんだ」


 風間は、私の言葉を遮って一方的に喋った。


 結局、私は彼の呼び出しに応じてしまった。

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