第11話 過ち

 午後6時、新宿の東洋プラザホテル1階にあるレストランロメロに着いた。店内が広く、風間がどこにいるか分からなかったため、店員に尋ねた。

 すると、彼の名前で予約されている事が分かり、そこに案内された。


 場所は、奥にある個室だった。

中に入ると、まだ、風間は来てない。

 私は、夫に夕方から商談がある事の連絡を入れた。


 その後、15分ほど遅れて風間がきた。



「悪い、遅れちゃったよ。 ごめん、待ったかい?」



「時間通りに来たから、少し待っただけよ。 気にしないで」



「お腹空いただろ。 ここは懐石が美味いんだぜ。 実は、料理を予約してあるんだ。 それで良いだろ?」


 風間は、さわやかな笑顔で話した。


 彼を警戒したが、笑顔を見た瞬間、思わず引き込まれてしまう。



「ありがとう」


 私も、つい笑顔を見せてしまった。



「良かった。 電話の感じだと機嫌が悪そうだったから、少しビビってたんだ。 笑顔が見れて良かった。 俺は優佳里が好きだけど、君の気持ちを尊重するから、安心して!」


 風間は、また笑った。


 夫もそうだが、自分は男の人の笑顔に弱いと思う。

 但し、誰でも良い訳ではない。2人に共通するのは、少年のような屈託のない爽やかな笑顔だ。



「まず、優佳里に話す事がある。 俺の家族のことだ」



「個人情報で、言いにくい話なら聞かないよ」



「君を信じてるから言うんだ。 聞いてほしいんだ」



 私は、無言でうなずいた。



「俺の親父は、昔から兄貴の事ばかりだった。 兄貴は勉強もスポーツも、物凄くできたから無理もないんだが …。 俺は、勉強もスポーツも普通で何をやっても勝てなかった。 と言っても、別に嫉妬してる訳じゃないんだ」



「そんな事ないよ。 高校だって私と同じ進学校だったし、スポーツだってできたじゃん」



「本音を言うと、俺も普通よりはできたと思う。 でも、親父と兄貴は次元が違うんだ。 恐らく天才ってやつだ。 努力しないで高見にいられる。 ヒラメキだって凄い。 親父も兄貴も、国立最難関の東慶大学の法学部を出てるが、在学中に弁護士と公認会計士の試験に合格してる。 さして努力もせずにだ」



「それは確かに凄い。 だけど、頭デッカチだけでは社会に通用しないと思うわ」


 落ち込んだ様子を見て、思わず彼を励ましてしまった。



「そうでもない。 親父と兄貴が組んでから、立田を数年で大手にした。 普通じゃできない事だ。 そんな2人といるのが嫌で、フランスに逃げたんだ。 大学卒業後に料理の修行したけど、中途半端さ。 カサブランカは、支配人のシェフが仕切ってるんだ。 君と商談した時も不審に思われてさ。 早速、専務の兄貴にチクられてしまったよ。 フランスの食材を日本産に変更する話は、俺の独断で決めた。 だから、今、揉めてる」



「そうなの。 じゃあ、見積りをキャンセルするわ」

 


「いや、この件は意地でも俺が決める。 フランスで料理の修行をしてきた俺の意地もあるんだ。 あいつらは、ミフィランの星にこだわってるだけさ」



 風間の愚痴のような話を聞いている間に、豪華な料理が次々と運ばれてきた。日本酒が合うため、ついつい飲みすぎてしまう。

 いつしか、2人は酔っぱらってしまった。



「伯父さんから聞いてるが、優佳里は、凄いお嬢様なんだろ。 君の事も聞かせてくれよ」



「私はね。 父に凄く愛情を注がれて育ったの。 昔は、いわゆるファザコンだった。 でも …。 父の逆鱗に触れて勘当状態よ。 原因は夫の事。 交際中、彼を連れて行っても一言も口を聞いてくれなかった。 強引に籍を入れたら、連絡が来なくなったわ。 夫が天涯孤独だからってなによ …。 酷い話よ。 ねえ、そう思わない?」



「確かにな。 だけど、君と結婚できた旦那が羨ましい!」


 そう言うと、風間は私の手を握ってきた。私も酔っていたので、つい握り返してしまった。


 包み隠さず話をする風間に気を許し、いつしか私も自分の家族の事を話してしまう。

 傷を舐め合っているうちに、共通の連帯感のようなものが芽生えた。


 決して心地よい酒でなかったが、2人は似た境遇という事もあり、深酒をした。

 いつしか記憶を無くすほど飲んでしまった。




 気がつくと朝になっていた。

 

 私は、ホテルの一室のベッドに横たわっていた。隣を見ると、風間が寝息を立てている。

 自分の身体を触ると何も身につけてなかった。私は背筋が凍った。


 直ぐに飛び起きて、服を探した。



「もう、起きたのか?」


 風間の眠そうな声が聞こえた。



「服はどこ? 私たち、もしかして?」



「何言ってるんだ? 昨夜、旦那と別れて俺と再婚すると言ったじゃないか。 それで、自分で服を脱いで、一緒に風呂に入ったんだぜ。 それから、深く愛し合ってさ」


 風間は、爽やかに笑った。

 私が好きな、屈託のない少年のような笑顔だ。



「覚えてない。 これから帰る!」



「タクシーを呼ぶから」


 風間は、携帯でどこかに電話した。



「京葉タクシーだ。 10分後に、正面玄関に来る。 旦那には、俺から話すから安心しな! 彼を知らない訳じゃない。 良い人だから、分かってくれるさ。 君は相手を間違えたんだ」



「なに言ってるの?」


 風間が、宇宙人のように見えた。


 私は、急いで服を着て、部屋を飛び出した。

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