第14話 もう一人の自分

 東洋プラザホテルのロビーに着くと、夫に、これから商談があり遅くなると嘘の電話を入れた。


 その後、ロメロの店内に入り風間を探していると、昨日の店員に声をかけられた。



「風間様がお待ちしております。 ご案内します」


 案内されたのは違う個室だったが、作りが同じなので、なぜか懐かしさを感じてしまった。


 部屋に入ると、風間が待ちかねた様子で座っていた。



「優佳里、来てくれると信じてたよ。 さあ、座ってくれ」


 風間は、爽やかに笑った。

 私が好きな、屈託のない少年の笑顔だ。

 この笑顔を見ると、なぜか怒りが和らいでしまう。私に取って麻薬のようなものだ。



「どうした、俺の顔に何かついてるか?」



「エッ、なにも。 それより …。 あなたを許せない。 私が酔ってるのをいい事に、映像を撮るなんて最低の行為だわ」


 自分を奮い立たせ、風間を怒った。



「待ってくれよ。 君だって同意したじゃないか! それに、俺だって映ってる。 ヤバいのは一緒だよ。 でも、すまなかった」



「じゃあ、直ぐに消してよ」



「当然だ。 スマホを交換して削除しよう。 Pフォーンだから、操作方法は一緒だ」


 2人は、スマホを交換して、映像を削除した。



「なあ、これで安心したろ。 今夜は、イタリアンのコースを頼んであるんだ。 なっ、食べよう!」


 風間は、優しく笑った。

 


「でも、絶対にお酒は飲まない!」


 笑顔になりそうな自分をおさえた。


 彼と接していると、なぜか怒りが愛情に置き換わってしまう。不思議な存在だ。



「飲まなくても良いさ。 実は、昨夜は、俺にとっては最高の夜だった。 なにせ、好きだった人と、遂に一つになれたんだからな」



「うまい事を言って、他にも彼女がいるんでしょ」



「正直に言うと、何人もの女性から告白された。 中にはフランス人もいた。 だけど、付き合ってない!」



「とても、信じられない」



「なぜ、誰とも付き合わなかったか分かるか?」



「私に関係ないわ」



「言わせてくれ。 俺の心の中に、優佳里がいたからなんだ。 だから、井田社長の奥さんと分かった時に、すごくショックだったんだ。 落ち込んだ事を悟られないように必死だった。 だから、君から連絡がきた時には、飛びあがって喜んだ。 本当に、昨夜は凄く感激したんだ!」


 そう言うと、風間は大声で泣き出した。



「私を好きな気持ちは分かったから、もう泣かないで」

 

 私は、母性本能をくすぐられ、風間を抱きしめてしまった。その瞬間、ジーンと身体が震えた。やはり、彼を思う気持ちは本物のようだ。



「俺って情け無い男だよな。 優佳里にだけは、弱いところを見せたくなかったが …。 あ〜あ、弱っちいぜ。 でもな、俺は優佳里のためなら、なんにだってなれる。 本物の男になれる」


 私は、痛々しく強がる風間の姿を見て、愛おしく思う気持ちに加え、救ってあげたいという思いが込み上げてきた。



 夫は、強い人間だから、私を頼らずに生きて行ける。

 私と出会わなければ、もっと素敵な女性に巡り会えて幸せになれただろう。


 私は、いつしか夫と別れる理由を探していた。夫をどんなに愛しても、風間への想いは消せない。


 風間先輩を好きな気持ちが、私を少女だった頃に戻してしまう。心の奥底にある気持ちは、夫でさえ上書きできなかったのだ。




「優佳里、今夜も一緒にいてくれ」



 私は、うなずいた。



 そして、今夜も風間とホテルに泊まった。今回は、紛れもなく自分の意思だった。


 当然のように、風間に抱かれた。



(もう迷わない)


 心の中で自分に言い聞かせ、覚悟を決めた。




 その夜は、ぐっすりと眠れた。




 朝方、6時30分に私のスマホが鳴り目が覚めた。


 夫からだった。



「優佳里よ」


 私は、淡々と答えた。



「あのう …。 飲みすぎたのか? 酒はホドホドにな。 君の身体が心配なんだよ」

 

 夫は、外泊した事を責めず、私の身体を案じていた。




「う〜ん。 こんな朝早く電話か?」


 眠そうな、風間の声がした。




「今の声は?」


 少し、震えたような夫の声がした。




「取りあえず、今日は帰るから」


 夫にバレたと思ったが、なぜか冷静でいられた。


 ショックから返事ができないでいる夫を置き去りにして、私は一方的に電話を切った。



 すると、冷静なはずなのに、なぜか私の頬を涙がつたった。



「俺がついてる。 気にするな!」


 風間が、涙の上に優しくキスを重ねた。身体がジーンと震えた。やはり、私は彼を愛しているのだと実感した。



「今日、会社はどうするんだ?」



「もちろん行くわよ。 部長としての仕事を頑張るわ。 風間先輩は?」



「俺もオーナーシェフとして行くさ。 支配人の野尻をギャフンと言わせる。 兄貴には負けない。 それから、俺のことは涼介と名前で呼んでくれ!」



「分かったわ、涼介」



 その後、涼介の高級車で送られ、何事も無かったかのように出社した。

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