第46話 対立する意見
父は難しい顔をすると、私に目配せした。
「優佳里。 田川正蔵との話について、要点をまとめて説明してくれ」
「はい。 田川正蔵との話は、外食産業大手、立田との業務提携を実現させるためのもので、このためにすべき事が3点あります。 第一に、立田のトップ人事に介入する事です。 社長の風間涼壱を解任し、こちらと通じている次男の涼介を社長に据える必要があります。 また、専務である長男の涼平を、子会社の役員として出向させて力を削ぐ必要もあります。 第二に、田川正蔵が菱友香澄へ抱いている怒りの気持ちを解消すること。 つまり、今回の件を実現する過程において、過去の遺恨を晴らす必要があります。 第三に、業務提携によって得た利益を、正蔵に還元する必要があります。 なお、実行にあたっては、役員への根回しをする中で、大株主の正蔵が力を発揮してくれます。 厄介なのは、田川正蔵と菱友香澄が、対極的な関係にある事です」
「分かった。 一方の陣営と組むと、その反対の陣営が敵に回ってしまう、厄介な関係だな …。 では、我々としては、田川正蔵と菱友香澄の、どちらと組むべきだろう? さて、桜井専務ならどうする?」
父の目は、威圧するように厳しい。
娘である私への、いつもと違う態度を見て、陣内は少し驚いたような顔をした。
「私は、田川正蔵と組むべきと考えます。 住菱グループの力は絶大ですが、しかし …。 以前、陣内から聞いた話では、香澄の母が理事長を努める青空ファイナンスが、丸菱の株式の4割を取得しているとの事でした。 この資産管理会社は、住菱グループではなく、菱友家の個人財産を管理している …。 つまり、丸菱は、住菱グループではなく、菱友家に首根っこを掴まれている状況だと聞きました。 そうなれば、相手にするのは、香澄ではなく、その父親と母親です。 この2人を動かす必要がありますが、正蔵の場合と違い、条件提示が困難と思われます。 他に、有利な点として、涼介を社長に据え、彼を傀儡にして立田を牛耳れる事があります。 将来的には、立田をグループ傘下にする事も視野に入れるべきでしょう」
私は、話しながら、陣内をチラッと見たが、彼は無表情だった。
なぜか、菱友香澄に対し、敵対心のようなものが芽生え、無性に腹が立って来た。
「そうか、分かった。 では、陣内はどう思う?」
父は、陣内に質問しているにも関わらず、私に目配せした。
彼を見ると、いつものポーカーフェイスだ。
「はい。 自分は、菱友香澄と組むべきと存じます。 理由は、彼女の優れた才覚にあります。 過去において田川正蔵を引退に追いやり、その恨みをかうほどに優秀だったという事です。 田川は、個人的な恨みを晴らそうと協力を申し出たのであり、ビジネスとかけ離れたその理由は、判断力を鈍らせる原因となります。 また、この事実を知った時に、香澄の両親が動かない訳がありません。 娘を守るために全力で叩き潰しにくるでしょう。 それに、もう一点あります …。 菱友香澄と組めば、立田との業務提携の必要がなくなります。 そもそも業務提携をする理由は、金融機関から巨額の融資を受けるための信用を勝ち取る事で、他に、まだ遠い道のりがあるんです。 西國商会を吸収合併し、弊社の企業規模を拡大し、丸菱に対抗し得る力を付けなければならないのです。 しかし、そんな遠回りをせずとも良いのです。 菱友は、丸菱の大株主なので、最初から主従関係なのです」
陣内の話を聞いて、なぜか、凄くイライラしてきた。
「2人は、対極的な考え方だな。 田川正蔵と組む場合の条件提示はできているが、菱友香澄と組む場合の条件提示はできていない。 菱友が弊社を救う理由は何だ? つまり、菱友に与えるメリットはあるのか? さあ陣内、どうなんだ?」
父は、ニヤニヤしている。
まるで、私と陣内を競わせて楽しんでいるようだ。
「切り札は、我が傘下である半導体製造大手の、日の元です。 欧州市場を独占しているため、我が社に取ってドル箱ですが …。 しかしながら、丸菱が米国の半導体大手、キーテクノロジーと組んで、欧州市場に参入しようとしています。 我々は菱友と組んで、この危機を回避します。 菱友に与えるメリットとしては …。 住菱グループの傘下に、人工知能で知られる、住菱嵐山テクノロジーがありますが …。 弊社にも、多層皮膜生成という革新的な技術があります。 これらの技術を融合しAI半導体を共同開発して、これをもって北米市場に参入するのです。 そして、菱友、つまり住菱グループに北米市場の権益を与える。 AI半導体は、相当な強みになり、お互いに取ってwin-winの関係を築くでしょう」
陣内は、淡々と自信を持って説明した。
「そうか。 少し、夢のような話だな。 陣内の意見を聞いて、桜井専務は、どう思う?」
「確かに、実現できれば素晴らしいわ。 でも、新たな半導体開発には、巨額の設備投資が必要になる。 この資金を、いったい誰が出すの? 菱友が出すの? それこそ吸収されるわ。 住菱グループの名前を出して金融機関から借りられるかも知れないけど、賭けのような事はできない。 そもそも、菱友香澄に、こんな大きな事業を決定する権限はないだろうし、やはり、グループ代表の父親を引っ張り出さない限り、先が不透明過ぎて話にならない。 空手仲間の連帯感なのか知らないけど、少し冷静になってちょうだい!」
私は、これまでのうっ憤を晴らすかのように、陣内を睨んでしまった。
「そうだな …。 一応、陣内に聞くが、菱友香澄から、誘われてないだろうな?」
父は、陣内を見てニヤッとした。
しかし、目は笑ってない。
「それって、陣内がヘッドハンティングされたってこと?」
父の話を聞き、私は大きな声を出してしまった。
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