第37話 父との絆

 業界代表者会合のあった翌日、朝一番で社長室に呼ばれた。


 社長である父は、仕事を家に持ち込まない主義であるため、家では黙っていたが、よほど我慢していたのか、待ちかねたように尋ねて来た。

 


「それで、田中専務はどうだった」


 父は、私の顔を覗き込むように急かした。



「そんなに気になるなら、家で聞けば良かったのに …」


 元夫との事で、田中と険悪になってしまったから言いずらい。そのせいもあって、つい文句を言ってしまった。



「俺は、家に仕事の話を持ち込まない主義だが、その事は、優佳里も良く分かっているだろう」


 父は、娘の私に対し強く言えないのか、軽く肩を叩いた。


 家に仕事の話を持ち込まないのは、もしかすると、母を通じて資産家の実家に情報が漏れるのを恐れているからなのかも知れない。


 父は、間違いなく母の事を愛しており、母も同じである。

 しかし、父は、ビジネスのためなら手段を選ばない冷徹さがある。

 家族としては、受け入れられないが、そうでなければ、会社をここまで大きくする事はできなかっただろう。


 そんな事を思いながら、私は、父の問いかけに小さく頷いた。



「それで、どうだった?」



「正直、田中専務の印象は悪かったです。 それどころか、険悪な感じになってしまいました」


 さすがに、元夫の事で険悪になったと言えなかった。

 父に知られたら、専務を解任されるかも知れない。私は、怖くなってしまった。



「それは以外だな。 田中専務は優れた策略家と聞く。 敵対する場合も、表面上は隠し、裏から一気に叩き潰してくるタイプだ。 それが、いきなり感情を表に出したのか?」



「はい。 今後、丸菱から何らかの敵対行為があると思います」


 私は、申し訳ない気持ちから下を向いてしまった。



「心の内を読まれないようにする事は、田中専務に限らず、経営者であれば、皆がやっている事だ。 もしかして、桜井専務が何か言って怒らせたのか?」


 私は、父の言葉に焦った。しかし、冷静に役職名で呼んだところを見ると、さして気にしてないように見える。



「向こうが勝手に怒ってたんだけど …」



「そうか …」


 父は、少し考え込んだ後、言いにくそうに話し出した。



「別に、隠す必要はない。 離婚した井田 剛が原因だろ。 田中専務と優佳里の別れた夫が、顔見知りだと言う事は、陣内から聞いている。 それで、優佳里の事を、個人的に良く思ってないんだろう。 しかし、これはチャンスかも知れないぞ!」


 父は、ニヤッと笑った。


 背後に巨大企業の丸菱がいるのに、挑戦的とさえ思える不敵な笑いだった。



「言いにくいのですが、社長の仰る通りです。 でも、チャンスとは、どういう事でしょうか?」



「田中専務は、いつになく冷静さを欠いている。 つまり、付け入る隙があると言う事だ。 しかし、敵対するためには、我が社が、丸菱に対抗できるほどの力を付ける必要がある」



「京都の中堅商社、西國商会の吸収合併の件ですよね」



「そうだ。 そのための資金調達が必要だ。 立田との業務提携を実現し、銀行の信用を得る必要がある。 それも、秘密裏に行わなければならない」



「分かっています」



「まずは、田川 正蔵を利用して、立田の役員を調略するんだ」



「はい。 でも、丸菱と住菱グループとの関わりが心配です」



「その件は、近く陣内から報告があるだろう。 しかし、口火は切られたから、もう後には引けない」


 父は、目を細めて厳しい顔をした。



「はい。 私も覚悟を決めます」



「そうか、覚悟を決めたか!」


 父は、私の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。



「ところで、井田 剛の事はどう思ってるんだ? 復縁したいなんて甘えた事を言うんじゃないぞ」


 父は、私の心を見透かしたように念を押してきた。



「未練はあるけど、復縁は出来ないと思うし考えてないわ。 ただ、謝って罪滅ぼしをしたいの。 パパは反対するだろうけど、私には必要な事なの。 ごめんなさい …」


 私の正直な気持ちを聞いて、父はしばらく黙った。


 私が浮気したのが原因な事も、後悔している事も、そして、心を病んでいて、仕事に打ち込む事で均衡を保っている事も、父は知っている。


 しばらく間をおいて、父は口を開いた。



「丸菱との勝負に勝てば、我が社に取って大きな飛躍に繋がる。 しかし、失敗すれば、致命的な損害を受けるだろう。 そうなれば、俺も優佳里も責任を免れる事はできない。 まさに、ハイリスク、ハイリターンなんだ。 でも、俺は勝負に出たい。 丸菱とキーテクノロジーの業務提携を阻止出来なければ、欧州市場を奪われてしまう。 どのみちジリ貧だ。 まさに、今が勝負に出る時なんだ。 このような刺激的な展開を、優佳里と一緒に迎えられて、ワクワクしている」



「社長は、三笠の後継者は私と言ってくれました。 だから、期待に応えたい。 頑張らせてください!」



「よし、親子で勝負に出るか!」


 父は、私の肩を叩いた。

 私が、その手を握ると、父は、嬉しそうに笑った。

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