第32話 グズな奴
涼介を訪ねた翌日、いつものように執務をしていると、専属秘書の後藤から内線が入った。
「立田の風間常務からお電話ですが、お繋ぎいたしますか?」
「繋いでちょうだい」
私は、何故か嫌な予感がした。
「優佳里、大変なことになった! どうしたら良い?」
受話器から、いきなり大きな声が聞こえた。
相当に焦っているようだ。
「どうしたの?」
「こうなったのも、君のせいだからな …。 ああっ、どうしたら良いんだ」
「とにかく、落ち着いて。 まずは、深呼吸よ」
私が言うと、彼は素直に従った。
しばらくして落ち着いたのか、今度はゆっくりと話し始めた。
「昨夜、親父の浮気のことを母に言ったんだ。 母は、浮気の証拠資料を食い入るように見てから、俺が話しかけても答えず、親父が帰るのを待っていた。 夜の11時過ぎに親父が帰ってから、凄い剣幕で追求した。 親父は、弁解せず、しかも悪びれた様子もなく聞いているだけだった。 その後、深夜にも関わらず、母は離婚すると叫んで、そのまま家を出て行ってしまった。 だから、今は、行方知れずだ。 業務提携の話どころじゃ無くなった」
涼介の、深く沈んだ声が聞こえる
「私は、あなたの祖父の田川 正蔵氏とのアポイントを取りたかったのに、いきなり母親に浮気の話をしたの? やり方がおかしいでしょ。 それに、あなたの父親に情報が伝わってしまったら …。 警戒されて、何か手を打たれるかも知れない」
私は、つい涼介を責めてしまった。
「でも、でも、だって …」
「もしかして、私が、浮気の情報提供したことも話したの?」
涼介の話から、最悪の状況を考えてしまった。
「知り合いからの情報提供だと言ったけど、それ以上は話してないよ。 俺だって考えているさ」
涼介は、叱られた子供のように小さな声で話した。
「追求されても、私のことや業務提携の話は言っちゃダメ。 特に父親にはね! 敵として攻撃されるわ」
「分かった。 じゃ …。 これから、どうすれば良い?」
「祖父の、田川 正蔵氏に、父の浮気で母が出て行ったことを相談したいと言うの。 その時に私も同席するけど、警戒されると困るから、前もって言わないで。 できるよね?」
私は、努めて優しく話した。
「祖父は厳しい人だから、孫の俺が言っても会ってくれないと思う …。 実は、俺さ、可愛がられた記憶がないんだ …」
涼介は、自信なさそうにボソッと言った。私は、それを聞いて、少し哀れに思ってしまった。
「だいじょうぶ! 話をする時に、父が最低な人間であること、母が哀れだから助けたいんだと強く主張すれば会ってくれる。 自信を持って!」
「そうなのか? 祖父が溺愛した娘と言っても、母は、おばさんだぞ!」
「父親にとって娘は、いくつになっても可愛いものなのよ」
私は、自分の父のことを思い出していた。
「そうなのか? まあ、やってみる …」
涼介は、自信なさそうだ。
「これから、直ぐに連絡して! あなたにとっても正念場なのよ」
私は、涼介を鼓舞し電話を切った。
涼介からの電話の後、陣内に顛末を報告した。彼は、涼介の人となりに不安を感じていた。
◇◇◇
翌日、涼介から、田川 正蔵氏とアポイントがとれたとの連絡があった。
箱根にある別荘に来てほしいとのことで、直ぐに向かった。
陣内も同行させようとしたが、涼介に拒否されたため、不安ではあったが2人で行くことにした。
高級車で東名高速を走る道中、涼介はご機嫌な様子で話しかけてくる。
以前、好きだった男ではあるが、今は2人きりでいることが凄く苦痛だ。
「なあ、優佳里。 こうしていると、以前の恋人同士に戻ったようだな。 俺は嬉しいぜ!」
「何言ってるの? あの時は、気の迷いがあっただけ。 今は、単なるビジネスパートナーよ」
「連れないことを言うなよ。 俺の気持ちは変わらずに以前のままさ。 優佳里は、井田さんへの後ろめたさから、自分の気持ちに素直になれないんだ。 別れたんだから、もう気にするな。 時間が解決してくれるさ」
「何を、解決するって言うの?」
「俺への、好意を思い出すと言うことさ」
「だから、ないって!」
いくら否定しても埒があかない。半ば諦めて適当に受け流すしかなかった。
そうこうしている内に、目的の別荘に着いた。
「へえ〜。 古いけど、管理が行き届いた立派な別荘ね。 ここには来たりするの?」
「最近はない。 でも、小中学生の頃、母とよく来た。 でも …。 必ず、祖父がいたから、良い思い出がないんだ」
涼介は、辛そうに下を向いた。
「なんで? 孫は可愛いものよ」
「前にも言ったけど、可愛がってもらった思い出がないんだ。 だから、実を言うと緊張してる」
バシッ
「男なんだから、シャキッとしなさい!」
私は、涼介の背中を強く叩いた。
「ああ。 気合が入った」
涼介は、何とも言えない顔をして私を見た。
その表情を見て、少し可愛いと思ったが、直ぐに打ち消した。
その後、2人は別荘の玄関に立ち、インターホンを押した。
「ああ、涼介ね。 入りなさい」
中から、女性の声がした。
「ママだ。 ここにいたのか」
そう言うと、涼介は不安そうな顔で私を見た。
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