第33話 大人物

カチャ



 開錠した音がすると、涼介は戸惑うことなく玄関ドアを開けて中に入った。

 私は、勝手に入ると失礼にあたると思い、その場に立ち止まった。



「2階のリビングから遠隔操作してるんだ。 だから、出迎えはない。 一緒に来いよ」



「でも …。 いきなり、私まで入って良いのかしら?」



「インターフォンで話している時に、監視カメラで由香里のことも見ているさ。 君が来ないと、逆に不思議に思うぞ」


 涼介は、白い歯を見せてニヤッと笑った。


 彼に従い、結局、私も中に入った。


 豪華な絵画を飾ってある長い廊下を歩くと、奥に立派な階段が見えた。


 2階に上がると、高さが3mはあろうかと思う洋風ドアの前に立ち止まった。



「ここが、リビングだ。 さあ、行くぞ」


 私は、彼の言葉に従った。


 重苦しい雰囲気に少し緊張したが、努めて冷静になろうと意識した。



ギイッ〜



 ドアが開くと、中に女性の姿が見えた。



「ママ、ここにいたのか? 心配したんだぜ! 親父とのことは、どうすんだよ?」



「隠し子を作るような人とは別れるわ。 それで、あなたは、どちらの味方なの?」 


 涼介の母は、高圧的な口調で答えた。



「できれば、親父と仲良くしてほしいけど …。 それがダメなら、俺はママの味方さ」


 息子の話を聞いて、母は満足そうに頷いた。雰囲気から、涼介はマザコンのように見える。


 彼女は、見た目が若く美しかった。いわゆる美魔女である。

 顔は、イケメンの涼介と似ていた。



「よくぞ言った! 涼介! やはり、お前は俺の孫だ」


 奥の方から、突然、貫禄のある男性の声が響いた。


 奥の窓際に立っている男性に目を向けると、それは涼介の祖父、田川 正蔵であった。

 初めて見る彼の印象は、背が高く優男風で、決して強面ではない。経済界で剛腕を振るった印象と違っており、優しげなシニアといった感じだ。そういえば、彼の息子である二見食品の田川専務も整った顔立ちをしていた。 

 涼介がイケメンなのは、祖父の血筋なのだろう。



 3人は、しばし家族だけで談笑していたが、話の途中で、正蔵が私に話しかけてきた。



「ところで、そちらの可愛いお嬢さんは誰かね?」



「ああ、紹介が遅れたけど、桜井 優佳里さんだ。 電話でも話したけど、彼女は、三笠の専務をしてるんだ」



「すると …。 君は、桜井 頼之の娘なのか!」


 正蔵は、今までの優しげな表情を一変させ、怖い顔になった。父と気まずい仲なのだろうか?

 私は動揺してしまった。



「はっ、はい。 弊社の社長をしている、桜井 頼之の次女です。 父とは、どのような関係なのですか?」


 私は、父と正蔵のことが気になった。



「実は、昔、君の父上と事業の関係で切磋琢磨したことがあるんだ。 抜け目のない、なかなか見どころのある人物だったよ。 君は、三笠の専務と言ったが、どのような業務を担っているのかね?」



「はい。 欧州及び北米市場における戦略を担っております。 今日は、田川様のお力添えをいただきたくて参りました」



「我が身内のスキャンダルを手土産に、私に迫るなんて、なかなか、どうして、面白い! 正直、娘は気を悪くしたようだが、私は気に入ったぞ。 それで、何をしてほしいんだ?」



「お父様、こんな娘を相手になさらずとも …」


 涼介の母は、大きな目を見開き私を睨んだ。気が強そうなことが伺える。



「まあまあ、話だけでも聞こうじゃないか? 正子の夫の浮気を暴いてくれた恩人だぞ。 ワハハハハ」


 正蔵は、大声で笑った。


 豪快な話し振りと優しげな見た目が、何ともアンバランスだ。

 その口振りから、剛腕と言われたのは伊達ではないことが伺える。

 


「それでは、聞かせてくれ」



「はい。 弊社は、欧州における十分な実績がありますが、北米にも進出したく考えています。 そのために外食産業大手である立田との業務提携をしたく考えております。 この話は、立田の常務である涼介さんからの賛同を得ておりますが、社長と専務に反対され実現できずにいます。 田川様は立田の大株主なので、役員に揺さぶりをかけていただきたいのです」



「それで、当方のメリットは?」


 正蔵は、訝しげに私を見た後、次に涼介の方を見やった。



「立田への食材供給や、欧州への店舗拡大の足がかりをお手伝いします。 それから …」


 私が話している最中、正蔵は手のひらを見せて黙らせた。



「立田なんて会社は、どうでも良い。 この私へのメリットを聞いてるんだ!」


 正蔵は、声を荒げた。

 その声を聞いて、私は少し動揺したが、心を落ち着かせるために息を吐いた。



「業務提携により株価も上がるでしょう。 また、浮気した社長の解任を含め、田川様の息がかかった役員への刷新をお手伝いします。 それから、弊社の障壁となっている丸菱への対応において、田川様がリベンジを果たす機会を与えます」



「そうか、調べたのか。 リベンジの機会を与えてくれるのは、確かに魅力的だ! 丸菱への敗北は、私の人生において、唯一の汚点だったからな。 しかし …」


 正蔵は笑顔で話した後、少し塞ぎ込んだ。



「リベンジと言うが、簡単じゃないぞ。 7年前の屈辱は、厳密に言うと丸菱に負けたのではない。 丸菱を裏から支援した住菱グループに、してやられたんだ! このグループの後継者を知っているかね?」



「確か、住菱重工の社長をしてる方だと思いますが、詳しいことは知りません」



「菱友 香澄と言って、恐ろしいほどの切れ者だ」


 私は、丸菱の背後にいる日本を代表する強大な企業グループの名前を聞いて驚愕した。




つづく



〈参考〉

 菱友 香澄については、拙作「恋がしたい元太」の、第79話 菱友家の事情をご覧ください。

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