第41話 共闘関係

 亮平が話すと、安子は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐにいつもの表情に戻った。

 その後、彼女は何も言わなくなった。


 亮平は、そんな安子の表情を注意深く観察していたが、突然、開き直ったように、大声で話し始めた。



「君に小細工しても通じないか …。 はっきりと言うよ。 桜井 優佳里の事を、嫌ってるだろ! 君は、ビジネスに私情を持ち込んでるが、それって …」


 亮平は、安子を軽蔑するかのような表情をして、一旦、話を止めた。

 一方の安子は、不機嫌な表情になり、無言で帰り支度を始めた。



「おいおい …。 このまま帰って良いのかよ? 桜井 優佳里にしてやられるぞ! 実は …。 俺も私情を持ち込んでるから同じなんだぜ!  そいつはな …。 俺の弟と浮気した、とんでも無い女なんだ。 井田と別れる原因を作って、奴を苦しめたんだ。 知ってるだろうけど …。 なあ、憎いだろ」


 亮平は、キツイ表情で畳みかけるように言った。



「確かに、彼女は気にくわない。 でも、そんな事はどうでもいい。 丸菱のために動いているだけよ。 あなたの力を借りなくても問題はないけど、一体、何をどうしたいの? 私は、まどろっこしい話は嫌いなの」


 涼平は、安子が話に食いついたと感じた。



「知っての通り、俺は外食産業大手、立田の専務だ。 そして、俺の親父が社長さ。 弟は常務なんだが、はっきり言って経営に関わってない。 それが、桜井 優佳里に誑かされて、外部の大物を巻き込んで、反乱ともとれる行動を取ってるんだ」


 亮平は、安子の顔をじっと見つめた。先ほどまでの不機嫌な顔はどこかに行き、真面目な顔になっていた。



「それで、桜井 優佳里は、弟に何をさせようとしたの? 立田の経営に関わる事なんでしょ?」


 安子の質問を受け、亮平は、ここが攻め時だと理解した。

 


「三笠との業務提携だ。 恐らくは、丸菱に対抗するためだろう」



「業務の安定を理由に、銀行の融資を受けるつもりなのね。 丸菱に対抗するとして …。 会社の体力を付けるとしたら、どこかの会社を吸収でもするつもりかしら?」



「その辺の話は教えてくれないが、弟に騙されている振りをしてるから、その内、情報は入る。 だから、時々、会って話さないか?」



「それには、条件があるわ。 立田が窮地に立たされると言ったけど、どういう意味? それと、相手が業務提携を強行できる理由は? さっき言った大物は誰なの? それを知らないと、話に乗れない」



「分かったよ。 でも、誰にも言うなよ。 一つ目は、俺と親父を追い落として、弟が社長に就こうとしている事だ。 二つ目は、ある大物が立田の大株主で、桜井 優佳里に懐柔された。 三つ目は、その大物は、俺の、母方の祖父だ」



「そうか …。 弟を傀儡として社長にすれば、桜井 優佳里が立田を牛耳れるって事ね。 それと …。 大物は誰なの? 勿体ぶらないで教えて!」



「田川 正蔵だ」



「納得だわ。 今は引退したけど、昔の乗っ取り屋ね。 そうか、桜井君って田川 正蔵の血縁だったんだ。 なら、あなたも油断できないわね」


 安子は、嬉しそうに笑った。



「俺を信用してくれよ! 絶対に裏切ったりしないさ。 それにしても、君は、頭の回転が速いな。 それと …」


 亮平は、柄にもなく、はにかんだような顔をした。



「なによ?」


 安子は、少し可笑しそうに聞き返した。



「今度は、俺の知ってる店で話そうや。 なっ、よろしくな!」


 

「分かったわ。 でも、変な動きをしたら、直ぐに切るわよ」


 安子は、亮平を睨むように言った。

 まるで、任侠の親分が子分に言うような貫禄があった。



 その後2人は、しばし談笑し、最後に連絡先を交換して別れた。

 亮平は、終始笑顔で満足そうな顔をしていた。



◇◇◇



 ある、平日の夕方の事である。

 陣内は、都内にある小さな空手道場を訪ねていた。


 以前、社長と専務に菱友家の事情を聞かれた時に、まだ、確認したいことがあるからと言って猶予をもらった。

 そのために、この道場を訪れたのである。



 入り口の看板には、剛武流と書かれていた。


 玄関から声をかけると、小柄な老人が出て来て、事務室に通された。

 この老人が、道場主だった。



「師範、お久しぶりです」



「やあ、陣内。 おまえ、老けたな。 今は、やってないのか?」



「はい。 この道場を離れてからは、自宅で自主練する程度で、道場には一切通っていません。 でも …。 型だけで、相当な鍛錬になりますから、運動不足にはなりませんよ」



「そうか」


 陣内が言うと、老人は可笑しそうに笑った。



「ところで、今夜、菱友さんは見えられますか?」



「どこから聞いたのか知らんが、菱友さんが通ってるって良く分かったな。 彼女の美貌を見て入会したいと言って来る者が結構いるが、陣内もその口か?」


 老人は、少し呆れたような顔をした。



「彼女が美しい人だと承知していますが、そんな邪な気持ちからではありません。 実は、仕事の関係で、どうしても話したいことがあるんです。 ところで、菱友さんは、この道場は長いんですか?」



「おまえと違い、彼女は相当長く通ってる。 社会人になってからだが、時間を見つけては来てくれるんだ。 おまえでも、彼女には勝てないぞ!」



「そうですか。 一度、手合わせしたいです」 



「儂も見てみたいわ。 まあ …。 彼女は、まだ来とらんから、道場で汗でも流しておれ!」



「承知しました」


 陣内は、更衣室で、剛武流と書かれた古い道着に着替え、道場に向かった。


 道場は、小じんまりとした部屋で、大人数は入れない。しかしながら、本格的な雰囲気を醸し出していた。



(大学の頃以来だな。 本当に久しぶりだ)


 陣内は、心の中で呟いた。

 その後、入念に準備体操を行い、型を始めた。太極拳のようにゆったりとした動作で、およそ空手らしくない。まるで、踊っているようだ。

 演舞している型は、なかなか終わらない。


 そして、40分を過ぎた頃、道着を着た、背の高い美しい女性が入って来た。

 陣内は、彼女に気づいたが、演舞途中のため構わずに続けた。

 その動きを、美しい女性は、感心するかのように見入っていた。

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