第40話 涼平の企み

 午後7時を少し過ぎた頃、新橋駅にほど近い繁華街は、仕事帰りのサラリーマンでごった返していた。

 そんな賑やかな一画を過ぎた辺りに、小さな高級料亭があった。

 門に仕切られた敷地の中には、都会には似つかわしくない田舎風の建物がある。傍目には、ここに料亭があるなどと思わないであろう。隠れ家的な存在だった。

 

 しばらくして、黒塗りの高級車が門の中に入って来た。そして車が止まると、運転手が降りてきて、後部席のドアを開いた。

 中から、スーツ姿の、背の高い美しい女性が降りてきた。



「ありがとう。 帰りに、また連絡するわ」 


 女性は、運転手に声をかけ、颯爽と店の中に入って行った。



「お待ちしておりました。 お相手の方は、楓の間においでです」


 女将らしき人が出迎え、案内しようとしたが、女性はそれを制して、目的の部屋に向かって行った。どうやら、常連客のようである。


 部屋に着き、女性はノックした。

 そして、襖を開けると、先客の男性が彼女に注目した。



「遅れてごめんなさい。 待ったかしら?」


 男性は、女性の笑顔に見惚れたように顔を紅潮させた。

 座敷に入ると、女性は、男性の対面に座った。



「久しぶり! 元気にしていたか?」


 男性の声は、少し上ずっている。



「変わりなくやってるわ」

 

 男性はフレンドリーに話してくるが、女性の方は、どこかヨソヨソしい。

 顔見知りのようだが、そんなに親しい間柄でもなさそうである。



「高校の時、以来だな。 君と成績上位を張り合っていた頃が懐かしいよ。 東慶大学じゃなくて、京西大学に進学したと聞いた時には、本当に驚いた。 大学でも張り合うつもりだったんだぞ …」



「そんなのお断りだわ。 それに大学だって、どちらも旧帝大系なんだから気にしないわ。 でも、負けん気が強いところ …。 風間君も変わらないわね」



「そう言う、田中さんもな …。 ますます美しくなった」


 男性は、傍から見ても、この女性に好意があるのが分かる。


 男性は、風間 涼平、女性は、田中 安子であった。



「それはそうと、成績上位争いしてた奴の中に …。 もう一人、京西大学に進学した男子がいたよな。 背の高い …。 いつもバイトに追われてた、根暗な奴 …。 名前も思い出せない …」


 涼平は、呆れたように顔をしかめた後、安子の様子を注意深く観察した。



「井田君よ。 そんな言い方ないわ。 あなたって、悪い意味で変わらないわ」


 それまでの優し気な笑顔が豹変し、安子は真面目な顔で怒った。



「エッ、すまない。 別に、悪意は無いんだ。 日本、屈指の進学校である、帝都幹高校の生徒でバイトする奴なんて見た事なかったから …。 それで、思い出して …。 でも、バイトしながら成績上位をキープしてたんだから、奴はスゲーよ」


 涼平は、狼狽えながらも、安子の機嫌をとるかのように言い訳をした。

 高校時代、安子が井田という男性と一緒にいるところを頻繁に目撃しており、それに嫉妬していた。今でも、彼に好意があるのか、彼女の反応を見たかったのだ。



「井田君とは、今でも一緒に仕事をしてるわ。 彼は、昔も今も優秀で魅力的よ。 それより、早速、本題に入るわ。 三笠について耳寄りな情報ってなに? 悪いけど、次に行くところがあって、そんなに時間が無いの」



「ああ、分かった。 君の所の会社の丸菱と、三笠とで、なんか揉めてんだろ。 その煽りを受けて、俺んとこも窮地に立たされてんだ。 お互い協力して切り抜けたい。 その相談なんだ」



「丸菱も三笠も商社だから、当然、敵対するビジネスもあるわ。 だからと言って、揉めてるなんて話じゃないわ。 あくまでも仕事をしているだけよ。 それより、風間君のところの立田が、窮地に立たされるって、どう言うこと?」



「その話をする前に、丸菱が三笠に、何をしようとしているのか言えよ」



「ビジネスの話しかない。 あったとしても、あなたに話せる訳ないじゃない」



「そんなに壁を作るなよ。 俺は、丸菱の計画を成功に導ける情報を知ってるんだ」



「バカバカしい。 時間の無駄だわ。 帰る」



「ちょっと待てよ! 俺が言い当てるから」


 安子が席を立とうとするのを、亮平は慌てて制止した。

 そして、安子の顔を見つめた後、静かに話し始めた。



「丸菱が米国の半導体製造大手キーテクノロジーと接触してるって話は、俺の耳にも入ってるんだ。 ここの製品を使って欧州に販路を開拓しようとしてるだろ。 つまり、欧州の半導体シェアを独占している三笠の牙城を切り崩そうとしている。 そうなれば、三笠のグループ企業である半導体大手の日の元も、ただじゃすまない。 既に食品部門では、熾烈な競争を強いているが …。 俺の目には、最大手の商社丸菱が三笠とその関連会社を呑み込もうとしているように見える」


 これは、弟の涼介を煽てて聞き出した情報である。内部情報が漏れたことに安子が狼狽えると思ったが、予想に反し顔色ひとつ変えない。涼平は、見かけと違う安子の肝の太さに驚いた。

 


「へえー。 いろんな噂があるものね。 だとしたら、それがなんだと言うの?」


 安子は、涼しい顔をして言い放った。



「三笠の専務を知ってるだろ。 名前は、桜井 優佳里だったな。 この女が、なかなかの切れ者で、俺の弟を誑かしてるんだ。 この女、井田の別れた妻なんだよ。 なあ、何か、因縁めいたものを感じないか?」


 自分が惚れた女ではあるが、安子が井田に好意を寄せている事は分かっていた。その上で、井田は安子のアキレス腱であることも気づいていた。


 涼平は、安子を利用して、弟の亮介を追い落とそうと画策していたが、それと同時に、安子と恋仲になりたいと強く願っていた。

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