第3章 自立

第53話 兄との対立

 兄の頼伸が社長に就任してから、会社の雰囲気が大きく変わってしまった。

 特に変わったのは、役員会が無駄に増えた事だ。

 さして重要な案件で無いにも関わらず、役員が自分の意見を主張したいがために会議を招集する。まるで、パフォーマンスを披露する場と化してしまった。

 しかも、社長は、それを咎める事もなく、逆に気を使っている状況なのだ。完全に舐められていた。


 父が社長の頃は、何も言わなくても、周りの者はトップの意思を尊重して動いていたが、兄になってからは、各々の役員が自分勝手に動くようになった。


 良く言えば、多くの意見を反映していると言えるが、その実態は、意志決定が遅くなる事による競争力の低下や、秩序の乱れによる内部対立を招く原因に繋がっている。



 このような中、私は社長室に呼ばれた。

 部屋に入ると、私は愕然とした。

 今まで父が座っていた椅子に兄が座っている姿を見ると、物凄く違和感を感じてしまう。

 そもそも、兄とは8歳も違うため、あまり話した記憶がなく、気まずいのもある。


 兄に手招きされて、応接室のソファーに対面で座る。

 その態度から、私を見下している事が伺える。



「優佳里、以前、三笠で上手くやれて無いと聞いた事があるが、その後どうだ? 俺は、社長として、経営は和をもって成すべきと考えている。 ワンマンな前社長の考えとは違う。 そのつもりで業務に携わってくれ」


 兄は、勝ち誇ったかのような態度だ。

 それを見て、私は、父を悪く言われたように感じ、怒りを覚えた。



「今の話だけど …。 少し納得が行かないわ。 経営には前社長のような、強引ともいえるカリスマ性も必要よ。 適切な判断に基づく迅速な対応。 同じ方向を向いて役員や社員も一丸となって進んで行く。 ワンマンとは違う。 前社長には、それが出来ていたのよ。 私は、近くで見ていたわ」


 私の話に、兄は嫌な顔をした。

 そして、珍しく怒りの表情をあらわにした。



「優佳里は拙速に物事を捉える傾向があるようだな。 そう気張らなくても良いんだぞ。 優秀な役員の意見を咀嚼する事も大切なんだ。 経営者が部下を信じなくてどうする? 幹部は皆、優佳里よりベテランばかりなんだ。 周りが、立派にやってるから、任せておけば良いのさ」



「それがノブ兄 …。 あっ、ゴメンなさい。 社長のお考えなのね …」


 私は、怒りを抑えるため深呼吸をした。



「優佳里のことを否定してるんじゃないぞ。 学業が優秀で、東慶大学を卒業するほどだから、凄く期待している。 だがな、学業と経営は別ものだ。 分かるだろ。 学者には経営は向かない。 以前、言った事があるが …。 俺は、桜井の名を冠した経済研究所を設立したいと考えている。 優佳里を、そこの初代所長に据えようと思う。 おまえも、その方が良いだろ?」


 兄の、私に専務を辞めさせたい気持ちが、アリアリと伝わってくる。

 


「それは、つまり …。 私が、経営に向いてないと言ってるの? ノブ兄は、パパの後継者になったつもりかも知れないけど、前社長には経済研究所なんて発想は無かったわ。 経済を研究して、何をしたいの?」



「優佳里の居場所を作ってやろうと思ったのに、何て言いぐさだ。 少なくとも、三笠には、おまえの居場所はないぞ」



「私にどうしろと?」



「三笠の専務を解任する。 その上で、そうだな …。 関連企業の日の元の役員を命ずる」



「具体的に言ってよ」



「優佳里には、日の元の専務として経営に携わってもらう。 不安はあるだろうが、社長には、副社長の藤堂を起用し、私が会長となるから心配はないぞ!」



「断ったら、私はどうなるの?」



「全ての役職を失う事になる。 まあ、女の身の優佳里には、その方が幸せかも知れないが …」


 これが、兄の本音のようだ。

 女性を蔑視する心が見える。



「女の身だから、経営に向かないとでも? かの日本を代表する住菱グループの後継者の菱友香澄も女性よ。 まさか …。 ノブ兄は、女性に何か偏見でもあるの?」


 私は、菱友香澄の名前を出して、兄の様子を見た。

 明らかに、動揺している。



「女性蔑視だなんて、思ってないさ。 それに、何で、菱友香澄の名前が出て来るんだ? そうか、知っているのか …」


 兄は、何かを言おうとしてやめた。

 どうやら、前社長の父が、引退に追い込まれた経緯を、兄も知っているようだ。



「我が社は、丸菱グループによって、窮地に立たされているけど、住菱グループは、救世主なんでしょ。 男ばかりじゃ、菱友香澄と腹を割った話ができないんじゃない? 私が必要と思わないの? 彼女も、私と同じ東慶大学の出身よ。 ノブ兄の話では、東慶大学を出るような女性は、頭デッカチの学者だから、経営に向かないんでしょ」



「別に、そんな事は言ってない。 しかし …。 優佳里の専務解任は決定事項と考えてくれ。 その方が、おまえのためなんだぞ」



「私は納得が行かない。 決定事項なんて言ってるけど、平井常務から言われてるんでしょ」



「違う! 俺の意思だ。 逆らうのなら、強行手段に出るしかない」



「どうぞ、役員会に掛ければ良いわ。 でもね、大株主の前社長は、どう考えるかしら?」



「俺を脅すのか?」



「脅しているのは、どっちよ!」


 兄は、赤い顔をして怒ったが、なぜか、私は冷静だった。

 予想された事ではあるが、兄との対立が決定的となってしまった。

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