第55話 再会の予感

 マッケンジーは、非常に陽気な男で、話していると楽しくなる。

 気の効いたジョークを連発されると、自然に笑みがこぼれる。



「なあ、優桂里。 俺のところに来るか?」



「はい。 でも、私の目的は、父の会社を守る事です。 遠く離れたアメリカから、それができるでしょうか?」



「今は、ネットを利用してオンライン会議ができる時代さ。 問題はないさ!」



「それなら、ぜひ、お世話になりたいです。 でも、一度、帰国して身辺整理をしてから、再度、渡米させてください。 宜しいですか?」


 

「それなら、来なくて良いよ」



「エッ …。 やはり、私の考えは甘いですか?」



「ハハハ、驚いただろ!」



「それは、どういう意味ですか?」



「ゴメン、ゴメン。 渡米をする必要がないという事さ。 君には、ブラックカンパニー日本支社の、支社長を任せるからね」



「エッ、私が支社長? できるかしら …。 でも、日本に支社があったんですか?」



「ないよ。 頼之が準備してくれている」



「パパが …。 どういう事?」


 私は、訳が分からなくなった。 



「基本的な話しだ。 リスク分散のため、君の父上にも負担をしてもらう。 つまり、資本金や事務所設置費を折半するのさ。 実は、すでに、うちの優秀なスタッフが、日本に行ってるんだよ。 ビックビジネスだから当然さ!」



「そうなの …」


 私は、突然の話しに混乱してしまった。

 父は、私を驚かそうと思い、何も言わなかったのだろう。



「そう、驚く事はないさ。 ブラックカンパニーは、やり手集団だ。 うちの会社に全て任せると、乗っ取られるから、君の父上にとってもリスク分散になるのさ」


 そう言うと、彼は大声で笑った。



「はあ …」


 私は、さすがに疲れてきた。



「ところで優桂里、これからプライベートジェットに乗って旅行だぞ!」



「これから旅行?」


 マッケンジーは冗談を言っていると思ったが、本気だった。 



◇◇◇



 私は、マッケンジーの用意したプライベートジェットに乗っている。

 彼は行き先を教えず、チャメッケたっぷりに、終始、笑っていた。

 さすがに疲れ、ウトウトしていると、いつの間にか、目的地の空港に到着していた。

 長いフライトではあったが、時差があるせいか、さほど時刻は変わらない。

 やはり、アメリカは広大な国であった。


 プライベートジェットの横に、運転手つきの高級車が横付けされており、乗り込むと直ぐに出発した。


 

「ねえ、マッケンジー。 分かったわよ。 ここは、カルフォルニア州でしょ。 シリコンバレーに行くの?」


 私は、街の案内板を見て、察しがついた。



「ほう、ビックリ! 正解だ」


 彼は、本気で驚いたようだ。



「じゃあ、種明かしだ。 ここには、キーテクノロジーの本社がある。 その関連で、丸菱の息のかかった会社があるんだが、そこの関係者にアポを取っている」


 そう言うと、マッケンジーはウインクした。

 しかし、私はそれどころじゃなかった。陣内の言った事を思い出していたのだ。


 別れた夫は、アメリカの半導体製造大手 キーテクノロジーとの事業提携のために立ち上げた、現地法人の役員をしていたはずだ。 

 剛の事を思うと、身体が震えてきた。



「優桂里、どうかしたのか?」



「エッ、何でもないわ」


 私の様子を見て心配したのか、マッケンジーは真面目な顔をした。

 私は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。



 その後、車が高級ホテルの前で止まると、私はマッケンジーにエスコートされて中に入った。

 フロントでカードキーを受け取り、エレベーターで、23階の最上階へと向かった。


 そして、エレベーターを降りると、正面を進み、奥の部屋の前で立ち止まった。



「さあ、優桂里。 今日は、ここに泊まるぞ!」



「騙されないわよ」


 私が答えると、マッケンジーは、白い歯を見せて笑った。

 扉を開けると、そこには、眺望が良く、とても豪華な造りの部屋があった。


 良く見ると、中年の女性が、大きなソファーに座ってくつろいでいる。


 そして、マッケンジーを見ると、おもむろに立ち上がった。



「初めまして、ルーシーです」



「マッケンジーです。 こちらは、桜井優桂里です」


 私も、頭を下げた。


 大きなソファーにマッケンジーと私が並んで座り、ルーシーは対面に座った。



「ルーシーは、元々はキーテクノロジーのエンジニアだったんだが、そこから派遣されて、今は、丸菱が作ったマルテクという会社の技術顧問をしている。 彼女は、マルテクの巧妙な遣り口に、危機感を覚えているそうだ」



「エッ、それって …」


 私は、思わず声を発してしまった。


 恐らく、ルーシーがしている事は、マルテクとの雇用契約に抵触する行為だろう。

 訴訟の国のアメリカでは、かなりリスキーな事だと思う。



「優桂里、心配はいらない。 彼女は覚悟の上で、ここに来ている。 キーテクノロジーの人間として、マルテクを告発する準備をしているのさ」


 不安に思っている事が伝わったのか、彼は、私の肩に触れた。



「それじゃ、話してくれ」


 マッケンジーは、ルーシーを促した。



「マルテクのCEOは、井田剛というんですが、キーテクノロジーの上層部は、丸菱から来たこの男に騙されているんです」



「マルテクのCEOは、井田剛なの?」


 また、私は、声を上げてしまった。



「優桂里は、井田を知っているの?」


 それに対し、ルーシーも驚いたような声を上げた。

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