第24話 兄の圧力

 結局、私は3日間も休んでしまった。その間、専門医のカウンセリングを受けたせいか、だいぶ気が楽になった。


 父からは、もう少し休んで養生するように言われたが、仕事に行きたい衝動にかられ、じっとしていられなくなった。これには、自分でも驚いてしまった。

 


 私は、久しぶりに出社した。


 会社に着くと、朝一番に、陣内が訪ねてきた。


 私のことをかなり心配しており、そんな彼の心遣いにとても感謝したが、専務としての威厳を示すため、あえて強がって見せた。


 そんな私の様子を、陣内は不思議そうに見ていたが、サッと視線を逸らしたかと思うと、いきなり話し始めた。



「桜井専務の元気な姿を拝見できて安心しました。 しかしながら、出社されて早々ですが、嫌な報告があります」


 陣内が難しい顔をしたところを見ると、何か大きな問題が発生したようだ。

 私は、不安な気持ちを隠し、いつもの口調で質問した。



「何か、重大な問題でも?」



「はい。 どこの会社にもあることですが、主導権争いのようなものです」



「どういうこと? 単刀直入に話して」



「平井欧州事業部長に不穏な動きがあります。 何人かの課長を従えて、日の元の社長を訪ね、桜井専務の更迭を上申したようです」



「ふ〜ん。 兄に、私の更迭をね。 それで、理由は?」



「まだ、分かりません。 恐らくは、部下の管理能力や業務の遂行能力に問題があるとか、難癖を付けているのでは …」


 

「グループ企業とはいえ、兄は別会社よ。 口を挟めるのかしら?」


 私は、陣内の話を聞いて少し不思議に思った。



「言いにくい話なのですが …。 桜井専務の兄上は、グループ企業全体の後継者と目されておりますから、三笠に在職する幹部社員の中にも、頼る者が多くいます」


 陣内は、気まずい顔をしながらも、ハッキリと答えた。

 父は、私のことを三笠の後継者と公言していないから、少し心配になってきた。



「そうなの …。 ところで、このことを桜井社長は知ってるの?」



「桜井社長には、まだ報告してないので、ご存じないかと …。 しかし、状況によっては、お父上の力が必要になると思います」



「そうね。 桜井社長には、私から言っておくわ。 要件はそれだけ?」



「はい、この件だけです」


 陣内は、頭を下げて部屋を出ようとしたが、私は、それを制止した。



「今度は、私から聞かせて。 貿易業交流会の時に話があった、西國商会との業務提携について、陣内はどう思う?」



「業務提携は、魅力的な話に見えますが、西國商会の厳しい経営状況を考えると、やるんであれば、こちらが優位になるように、ことを進めるべきです」


 陣内は、私を直視した。



「企業買収ね。 でも、敵対しないかしら」



「西國商会の株価は下がり、大口の株主は不満を抱いているようですから、相手が気付かない内に大量の株を抑えられます。 そうすれば、敵対しても強引に進められます。 今が、企業買収の良いタイミングだと思います。 但し、多額の資金調達が必要なので、課題もあります」



「分かった。 この件についても、桜井社長に報告するわ。 陣内は、さらなる下調べをお願いね。 それと、もうひとつ頼みがあるの。 丸菱の田中専務と井田 剛の、高校時代の関係を調べてほしいんだけど …」


 私は、心苦しくなり思わず下を向いてしまった。



「桜井専務の、元夫を調べるのですか?」


 陣内の声が、少し大きくなった。



「そう、私の元夫よ」



「なぜ、調べるのですか?」


 陣内は、訝しんで私を見た。



「丸菱の田中専務の弱みを握りたいからよ」



「本当に、それだけですか?」



「見抜かれているようね。 元夫には身内がいなかったから、育った環境とか聞きづらくてさ …。 だから、今更ながら知りたくなった。 やってくれる?」


 私は、心の内を正直に話した。



「分かりました。 探偵のような業務もありますが、私の得意分野ですから、お任せください」


 陣内は、明るく答えた後、退室した。




 その後、秘書室に連絡し、社長レクのアポを取った。

 しかし、不在のため午後4時になるとのこと …。

 どうせ家に帰れば、社長である父と顔を合わせるのだが、仕事の話を家に持ち込まないと決めていたから、レクの予約を入れた。




 しばらく執務をしていると、秘書室から内線が入り、これから兄が来るとのこと。 私は、嫌な予感がした。


 兄は8歳も上のため、あまり話した記憶がなく、いつも優しく笑っている印象しかない。


 恐らく、平井欧州事業部長の件だと思うが、どう対処したら良いか、不安になった。


 そんな事を考えていると、兄が部屋に入ってきた。



「優佳里、久しぶりだな。 元気にやってるか」



「ええ、なんとかやってるわ。 ところで、ノブ兄は、今日はどうしたの?」


 私は、兄の事を、頼伸の伸を取ってノブ兄と呼んでいた。

 決して親しみを込めた訳でないが、自然とこうなった。

 それにしても、兄は、いつものように優しく笑っていた。



 昔は、それが心地良かったが、今は、私を軽んじているように見える。

 兄にとって私は、子供のような存在で格下なのだろう。



 兄は、明るい笑顔のまま話し始めた。


「専務と言ってもな …。 優佳里の場合、そう気張らなくても良いんだぞ。 周りが、立派にやってるから、任せておけば良いのさ。 女なのに、親父の気まぐれに付き合わされて、大変だよな」


 兄は、優しく笑ったが、女の私が役員をしていることに否定的なようだ。

 私を、見下していることも分かる。


 心の中に、激しい怒りの感情が芽生えてきた。

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