第21話 評価される者

 私は、田中専務のことが気になってしかたなかった。

 以前、父からもらった資料を手元に出して眺めながら、陣内を見据えた。



「ねえ、丸菱の田中専務について、知り得る情報を全て教えて」



「分かりました。 以前、社長の特命を受けて調査した内容をお伝えします。 氏名は、田中 安子、年齢は27歳です。 いわずもがな、丸菱グループ最高経営責任者である、総合商社 丸菱の社長、田中 安道 の長女です。 京西大学の法学部を卒業後、アメリカのハーバーライト大学で経営学を学び、MBAを取得しています。 ちなみに、東慶大学の法学部にも合格しており、父親の安道からは、こちらに行くように言われましたが、それを拒否し京西大学に進学しています。 理由は分かりませんが、強引な父の意向に逆らえる、実行力があることを証明する逸話として伝わっています」


 陣内は、一旦、話を切り、私の意見を求めるような顔をした。



「そうか、私より2歳上か。 案外、若いのね。 京西大学も日本屈指の大学だから、学歴としては遜色ないわ。 それで、兄弟はいるの? あと、彼女は結婚はしてるの?」



「兄弟は、兄が2人います。 共に優秀で、2人とも東慶大学の経済学部を卒業しています。 たしか、桜井専務と同じ大学ですよね。 それぞれが、グループ企業の社長をしていますが、巷の噂では、長女の安子が後継者の最有力と目されています。 それから、非常に美しい方ですが独身です。 政財界の有力者からの縁談を、全て断っているとの噂です。 ちなみに、2人の兄は結婚しています。 丸菱では、熾烈な後継者争いがありますが、実績のある安子が抜きん出ています」


 陣内は、また、話すのをやめて私を見た。



「田中専務は非常に興味深い人ね。 美人というけど、写真とかないの?」



「それが、彼女は映像を公表することを極端に嫌っているようで、今まで、写真とか出たことがないんです」



「それじゃ、何で美人だと分かるのよ?」


 私は、可笑しくなった。



「社長が出席したパーティに同席させていただいた折に、一度、お見受けしたことがあります。 スタイルが良くて、凄く綺麗な方でした。 また、美人であるということは、口づたえでも聞こえてきます」



「そうなの。 ねえ、私と比べるとどうかな?」


 私は、相手が美人と聞いて、対抗心が芽生えてきた。



「桜井専務も、美人だと思いますが、甲乙つけ難いです。 ただ、身長は、田中専務の方が高いです。 すみません」



「スタイルは、あっちか …。 あっ、良いのよ。 私のことを美人と言ってくれてありがとう。 それに、私はバツイチだから、向こうの方が商品価値が高いわね」



「そんなことありません。 結婚の経験値が、桜井専務にはあります。 それに、凄く魅力的です」


 陣内は、顔を赤らめて歯にかんだ。

 ポーカーフェイスの彼に似合わない反応に、少し可愛いと思ってしまった。



「結婚といっても、失敗の経験値だけどね。 でも、そう言ってくれて嬉しいわ、ありがとう」


 陣内の、私を立てようとする姿を見て嬉しくなった。しかし、彼は恥ずかしいのか、押し黙ってしまった。



「他に、知ってることは?」


 私は、陣内が話しやすいように、冷めた感じで問いかけた。 



「先に申し上げた通り、田中専務の事業手腕は天才的であり、凡人にはとても真似ができません。

 この方の力で、元々大きかった丸菱の経営母体が、さらに強大となりました。 社長の長女で、次期後継者の最有力候補、また、そのカリスマ性は、現社長を上回る勢いです」


 田中専務のことを聞いて、私はとても敵わないと思った。父が、彼女と親しくなって、懐柔しろと言った意味が分かった。



「彼女には弱点がないの? 美人なら、恋愛に関するスキャンダルとかはないの?」


 

「田中専務に限って、浮いた話を聞いたことがありません。 但し、大学時代は知りませんが …」



「ありがとう、下がって良いわ。 そうだ、秘書室に戻ったら、平井欧州事業部長に、至急、ここに来るように言って」



「畏まりました」


 陣内は、席に戻った。



 しばらくして、平井部長が訪ねてきた。

 彼は40代半ばで、出世コースに乗っている1人だ。身長は190センチを超え、欧州の人に負けない体格の持ち主である。

 自信家で押しが強いが、部下の面倒見は良い。しかし、敵対する者に対しては容赦なく潰しにかかる。

 役員である私に対しても、気に食わないのか、バカにしている節があった。

 父は、私を、この会社の後継者だと公言していないため、腰掛け程度の専務とでも思っているのだろう。

 だから、彼は、グループ企業の社長である兄のことを立てていた。



「専務、何の要件でしょうか?」


 平井は、見るからに不機嫌そうだ。



「私が、何を思って呼んだのか、分からないの?」


 私は、彼を怒らせるように、わざと笑顔で言った。腹心になり得る人物か見極めたかったのだ。



「人の心の中なんて、分かりませんよ。 忙しいので、早く仰ってください!」


 平井は、怒ったようだ。

 今度は、高圧的に話してみることにした。



「随分な言いようね! あなたは、私の上役なのかしら? それとも兄の部下なの? もし、兄が上司なら、あなたの居場所は、この会社にないわ」


 平井は、まずいと思ったのか、急に態度を改めた。



「言葉足らずで申し訳ありませんでした。 それで、どのようなご用でしょうか?」



「だから、それを聞いてる。 私に報告する時に、包み隠さず話してるのかしら? わたしは、この会社の役員のひとりなのよ。 あなたのデタラメな報告が会社に不利益を与えるとしたら、誰が責任を取るの?」



「もしかして、先日のレクの件ですか? 適切に報告しましたが、何か問題でも?」


 私が、ここまで言っても、平井は誤魔化していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る