第22話 貿易業交流会

 平井の顔を見ると、悔しそうに目を見開き、下を向いていた。

 喜怒哀楽が表情に出て、分かりやすい男だ。



「平井部長に聞くけど、欧州事業の収益状況を簡潔に説明して?」



「はあ …。 欧州事業では、輸出入における収益で考えた場合、我が社の全体の収益から見ると、約6割程度を担っており、欧州は非常に重要な市場と言えます」


 平井は無駄口を叩かず、淡々と説明した。



「取引の内訳は?」



「食材から工業部品まで、様々な物を扱っていますが、なんと言っても、グループ企業の 日の元 が製造する半導体がドル箱です。 欧州市場の収益の、約 8割を占めています。 前にも話したはず …」 


 平井は、不愉快そうな顔をした。



「それなら聞くけど、今回のレクの目的はなに? なぜ、私にレクをしたの?」



「なぜ、今更そんなことを …。 私を辱めて楽しいですか? 桜井専務がしていることはパワハラでは?」


 普段は横柄な、平井らしからぬ言動であった。逆らえないと分かると、違う方向から逆襲してきた。



「面白いことを言うのね。 なぜ、これがパワハラになるの? 理由を説明して?」



「聞くまでも無いことを、説明させるからです …。 今回のレクは、桜井専務が貿易業交流会に出席するにあたり、社長から欧州事業の内容や問題点を、あなたに説明するように言われたからです。 これで、満足ですか?」



「もう良いわ。 社長から、貿易業交流会にあなたを同行させるように言われたけど、来なくて結構。 丸菱とキーテクノロジーの話ができる人を、私が人選するから。 もう下がって良いわ。 それから、パワハラだと言うなら訴えて構わないわよ。 この部屋には音声も録音できる監視カメラがあるから、あなたが最初にとった不遜な態度も記録されてるわ」


 私の言葉に、平井は意気消沈した様子だ。



「すみません。 自分が心得違いをしていました。 丸菱とキーテクノロジーの話をさせてください」



「信頼できない人から聞いても仕方ないわ。 だから、もう下がって」



 平井は、青い顔をしてこの場を去った。



◇◇◇



 貿易業交流会の当日となった。

 

 結局、陣内を伴って出席することにした。陣内は、少し場違いではと言ったが、最後は、快く引き受けてくれた。


 会場には、大手から中堅クラスまでの商社が集い、30名ほどの役員が出席した。同行する者を含めると70名ほどになる。


 私は、目当てである丸菱の方に向かったが、既に人だかりができていて近づけない。

 商社として中堅の 三笠 は、業界力学としては下位に属するため、大っぴらに動けないところがあった。だから、少し苛立っていた。


 私は、三笠の専務になってから、少し横柄になっている。実は、これは、意識して行っている。


 社長である父から、信頼関係の中にも、恐れられるようなカリスマ性を身につけよと言われていたからだ。


 女性を見下し、私がいないところで悪口を言うような男は、排除しようと考えていた。




 そんな事を思っていると、若い女性が話しかけて来た。



「初めまして、西國商会 専務の伊藤です」



「三笠 専務の桜井です」



 お互い、名刺を交換した。


 すると陣内が、私にタブレットを手渡した。見ると、そこには西國商会のことが表示されている。

 

 この会社は、三笠とほぼ同規模の中堅商社で、京都に本社をおく繊維取引に強みをもつ会社だ。

 傘下に繊維工場をいくつも抱えていたが、折りからの、海外の安い繊維に押され、工場の運営が足枷となり厳しい経営を強いられていた。



「私たちは、同じような境遇なのよ。 桜井専務は、社長のご息女だけど、私も経営者の娘なの」


 伊藤は、人懐っこい顔で話した。

 決して美人ではないが、愛嬌があり親しみの持てる感じの女性である。



「なんで知ってるんですか?」



「実は、調べました。 海外の安い繊維に押されて、私どもの会社は、非常に厳しい状況です。 業務提携を模索しているのですが、相応しい相手が、見つからなくて …。 御社は、欧州市場に強みを持っています。 弊社は、北米市場に強みを持っています。 お互いの販売網を活用できたら、強みになると思うんです。 それと、丸菱の不穏な動きもあるから、弊社と組むことにより対抗できると思うんです。 それに …。 お互い、社長の娘だから、話が合うと思うわ」


 伊藤は、いきなり爆弾発言をした。



「そういえば、丸菱の田中専務も社長のご息女ですよね。 私たちと話が合うかも知れません。 そうなら敵対しなくて済むかも …」


 私は、伊藤がどう反応するか釜をかけてみた。



「あの人はダメ、信用できないわ。 大きなプロジェクトを成功させているけど、その陰で、販路を奪われて泣いている企業が沢山あるわ。 冷酷な女なのよ。 それに、大学でもお高くとまって、感じが悪かった。 美人とか、優秀だとか言われてるけど、結局人を見下してるのよ」


 伊藤は、敵意剥き出しに吐き捨てるように話した。



「そんなことを言って …。 この会場にいるんでは?」



「安心して、彼女はいないわ。 欧州に出張してるはずよ」



 私は、田中専務に会うことが叶わず、残念に思った。


 そこで、代わりに、伊藤から田中専務のことを聞き出すことにした。



「大学が一緒だったの?」



「そう、私はあの女と同じ、京西大学の出身よ。 大学にいた頃は、丸菱の社長の娘だとは知らなかったけどね。 美人で成績が良かったから、多くの男子学生から告白されていたわ。 お高くとまっていて、全て断ってた。 そのくせ、背の高い優しげな男子学生がいつも一緒にいたのよ。 気に食わない女だったわ」



「その人が、恋人では?」


 私は、気になり思わず聞いてしまった。


 気がつくと2人は、同行者がいることも忘れ、女子トークに花を咲かせていた。

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