第30話 涼介の父

 西國商会の企業買収を進めるための資金を計算すると、1,020億円ほど必要なことが分かった。

 あまりにも巨額であり、桜井グループだけでは、とても捻出できない。

 また、西國商会に気づかれずに、極秘裏に大株主と交渉する必要があるため、資金調達が決まらない限り動けなかった。

 仮に情報が漏れ、巷の噂になった場合、株価が跳ね上がり、資金調達額は 1,530億円程度に膨らんでしまい、さらに困難となってしまう。


 そこで、食品大手 立田との業務提携を条件に金融機関から受けられる融資額と、桜井グループの自力資金を合わせた額を試算してみた。

 すると、その額は 1,100億円程度に達することが分かった。

 これをチャンスと捉え、涼介に動いてもらい、立田に働きかけた。

 しかし、常務とは名ばかりの彼の力では、どうすることもできなかった。

 それどころか、社長である父と、専務である兄の信用を失い、彼は孤立してしまい、私に泣きついてきた。

 涼介に力がないことは分かっていたが、ここまで酷いとは思わなかった。



 父に話したところ、涼介の母方の祖父の田川 正蔵を動かせば突破口となり得るかも知れないとの情報を得た。

 それで、再び涼介を動かし、正蔵に溺愛されている娘となる、涼介の母に相談させてみた。

 しかし、警戒されているのか、正蔵に会えなかった。

 また、二見食品の田川専務にも相談したが、やはりダメだった。


 まさに、八方塞がりの状態に陥っていた。



 そんな状況のなか、陣内から有力な情報を掴んだとの電話があり、今日の夕方、私を訪ねてくるという。

 彼は、私の隠密のように動いており本当に頼りになる。今では、最も信頼のおける存在となっていた。



 そして夕方になり、陣内が訪ねてきた。

 いつものように、ポーカフェイスだが、今日は、なぜか苦しそうな表情をしている。



「陣内、どうかした? どこか、具合でも悪いの?」


 私が心配そうに尋ねると、陣内は否定せずに認めた。



「分かりますか? 今回、提案する方法は、人の道に外れているので気が進みません。 でも、他に方法がないから選択せざるを得ないのです。 非常に効果的な方法ではあります」


 陣内は話しながら、また暗い顔をした。よほど性に合わない方法なのだろう。



「どういうことなの? 全く読めないわ」



「プライベートな秘密情報を利用するのです」



「何か、弱みでも握った? それをネタに脅そうとでも言うの? イレギュラーな方法もしょうがないけど、法に触れる行為はダメよ」


 陣内が、軽はずみなことをしないか心配になった。



「法には触れませんが …」


 陣内が言うのをためらったので、私は早く話すように急かした。



「実は、風間 涼壱 が浮気をしている証拠を掴んだのです」



「ちょっと待って、風間 涼壱 って、立田の社長だよね。 つまり、浮気ネタを使って、配偶者の父親である、田川 正蔵を動かすの?」 



「その通りです。 正蔵は 立田の株の6割を所有する大株主で、実権を握っています。 おまけに、嫁いだとはいえ、娘の正子を溺愛しています。 このネタをもって、直接、立田の社長を脅す方法もありますが、恐喝になるので、そんなことはしません。 あくまでも、娘を通じて、正蔵に働きかけるのです」



「そうね、彼に会えるだけでも凄いことだわ。 私も、正子の倅の涼介や、二見食品の田川専務を通じて、面会を打診したけど、いづれも叶わなかった」



「正蔵に面会するのは至難の技ですが、娘の正子のことなら聞く耳を持つハズです。 それに、溺愛する娘の伴侶が浮気したと聞いた日には、激怒して、話を聞きたがるはずです」



「正蔵が娘を溺愛してる話は、私も知ってる。 彼女のネタは餌になるわ」



「この方法のミソは、正蔵は引退したとはいえ、非常に優れた経営者だったことにあります。 つまり …」


 私は陣内を制し、話に割り込んだ。ハヤル気持ちを抑えられなかったのだ。



「つまり、西國商会の企業買収計画を正蔵に話して、彼にメリットを与える!」


 私は、クイズに答えるかのように話した。



「その通りです。 彼は現役時代に、丸菱と争って敗れた経験があるため、必ず話に乗ってくるハズです」


 私は、陣内の情報収集能力と戦略の巧妙さに脱帽した。



「それで、涼壱の浮気相手は誰なの?」



「ありがちですが、銀座のホステスです。 年齢は33歳で、5歳の認知した隠し子がいます。 恐らく、奥様は激怒し離婚されると思います。 正蔵は、娘以上に激怒し、涼壱は、立田の社長を解任されるでしょう。 そうなれば、立田は大いに揺れることになり、隙が生まれます」


 陣内は、証拠資料を机の上に並べた。


 涼介が、父親の浮気を知った時のショックを考えると、複雑な気分になった。

 また、それと同時に、私が涼介と浮気して離婚に至ったことを考えると、心が沈んでしまった。


 そんな、私のことを察してか、陣内の口数が急に少なくなった。



 ふと見ると、証拠資料の端に、探偵事務所の名前が印刷されている。

 調査費に、かなりお金を使ったことだろう。一時的に立て替えたと思い、陣内のことが心配になってしまった。



「探偵事務所に頼んだようだけど、費用のことは任せて。 後で請求書を、私に提出するのよ」


 陣内に優しく言った。

 経費で落とせそうにないため、父に相談するつもりだった。



「ご心配なく。 自分は、社長の懐刀ですから、自由に使える経費をいただいております」



「そうなの …」


 私は、陣内の話を聞いても、さして驚かなかった。


 父にダークな一面があると思っていたが予想通りだった。

 しかし、敢えて、それ以上聞かないようにした。

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