第50話 化かし合い

 社長専用の応接室は、かなり豪華な作りで、展望台のような巨大な窓があり、都会の眺望が素晴らしい。

 そして、ゆったりとしたソファーが窓際に置かれていた。


 住菱重工社長の香澄に促され、三笠社長の頼之と課長の飯野が座ると、彼女は、その対面に腰を下ろした。

 所作がゆっくりとしており、物腰が柔らかく感じる。

 そんな姿を見て、頼之は少し安堵の表情を浮かべた



 それにしても、香澄の美しさに目が行ってしまう。

 飯野は、31歳のオバンと言った事を、恥ずかしく思ってしまった。



「三笠社長の、桜井です。 貴重な、お時間をいただき、ありがとうございます」



「同じく、三笠、秘書室の課長、飯野と申します。 同席させていただき光栄です」


 2人は名刺を差し出すと、深々と頭を下げた。

 それに対し、香澄も名刺を差し出した。

 その肩書きには、住菱重工の社長とあるのみで、住菱物産の専務と書かれていない。

 グループ代表企業の記載がない事に、頼之は少し不安を覚えた。

 そして、低姿勢ではあるが、香澄の様子を注意深く観察している。



「それで …。 私に、何のご用でしょうか?」


 香澄は、白々しく知らない振りをしたが、何か魂胆がありそうだ。



「当社に在籍していた、陣内から、お聞きしたかと思いますが、その件です。 お美しいのに、空手を嗜んでいるそうで、意外に思いました。 素晴らしいですね! お見それしました」


 頼之は、香澄のとぼけたような態度に、内心では腹を立てていたが、低姿勢に徹した。 

 空手の話を出したのは、ささやかな抵抗だった。

 プライベートな話題を出す事によって、様々な情報を握っているように見せかけたのだ。香澄にジャブを打って、出方を伺ったというところだ。



「知っているのですね。 空手は、幼少の頃より打ち込んでいます。 継続は力なりと言いますが、人生のあらゆる面に役に立っておりますよ。 そう言えば、陣内さんも、幼少の頃より、父から空手を教わっていたと言っていました。 それにしても …。 空手が、今日の話と関係があるのですか?」 


 香澄は、あくまでも、とぼけた。

 主導権を握るために、三笠側から話を切り出させるつもりのようだ。

 そして、続けた。

 


「私の、空手の事を言われましたが、桜井社長は、何かやられていますか?」


 香澄は、優しく話したが、頼之は、少し警戒したのか、一瞬、間をおいた。



「自分は、不調法なもので、特にありません。 強いて言うなら、仕事かな …。 そう、仕事に打ち込んでいます」



「桜井社長が打ち込むのは、仕事だけですか …。 私に取って、空手と仕事は、まるで意味合いが違う物です。 空手は、人生を豊かにするアイテムのようなものです。 しかし、仕事は、先人から引き継いだ継承を、維持し発展させる責務を持ったものです」



「住菱グループの事を仰っておられるが、極めてスケールが大きいですな!」


 頼之は、大袈裟に恐縮したような素ぶりを見せた。



「以前、桜井社長のように、仕事が人生だと言われた経営者がおられました。 あなたは、それと、考えが似てらっしゃるのかしら? 私は、その方とは敵対しましたが …」 


 頼之は、香澄の言葉を聞いて青くなった。その人物は、間違いなく田川正蔵だと思った。

 田川の名前を出した途端、話が終わってしまうと思えた。

 それと同時に、この女性には、小細工は通用しないと直感した。これは、頼之が生まれ持ったもので、数々のビジネスシーンにおいて力を発揮して来た。

 

 

「菱友社長にご相談したいと言うのは …。 弊社グループは、御社グループほどの規模はございませんが、半導体製造大手、日の元を核として、商社の三笠が中心となり、グローバル企業グループとして発展して参りました。 しかしながら …。 ここに来て、巨大企業グループである丸菱から、圧力を受けるようになっております。 住菱は、丸菱の対極にある巨大企業グループと認識しておりますが、この難局を乗り切るために、ぜひ、弊社グループにお力添えをいただきたい! 御社グループとの協力関係を築きたいと切望しております」

 


「丸菱からの圧力とは、何でしょうか? そもそも、丸菱は、半導体製造をしていないはず」



「今、丸菱には、米国の半導体製造大手、キーテクノロジーとの業務提携の計画があり、現地法人を作る等しており、話しは具体的に進んでいます。 丸菱の狙いは、ヨーロッパにおける業務の拡大、すなわち、弊社の販路を奪う事にあります。 最終的には、弊社グループの体力を弱らせ吸収しようと画策しているのでしょう」


 頼之の話を聞いて、香澄は、露骨に嫌そうな顔をした。

 しかし、想定内なのか、彼は動じなかった。



「自由経済は、弱肉強食の世界です。 強い者が弱い者を吸収する事は、いわば自然の流れのようなものです。 弱い企業が淘汰され、強い企業が生き残る。 この事は、日本経済の活性化において、必要な事なのだと、私は思います。 生き残りをかけて、経営者は、何を、どのように動かすのか、その手腕と責任は極めて重いでしょう。 私は、御社グループがどうなろうと興味はありません。 肝心な事は、私どものグループに、どのようなメリットをもたらすかという事です。 何か、提案はありますか?」



「もちろんあります」


 頼之は、香澄を見て、目を輝かせた。

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