第2話 久しぶりのデート
私の夫への愛情は本物であるが、好きになった男性は、夫以外にもう1人いた。その人は、高校時代 1学年上の先輩だ。
いわゆる初恋の人で、思い出すだけで恥ずかしくなる。相手は、私の事など知らないだろう。昔の良き思い出である。
「優佳里、準備はできたか?」
玄関から、夫の大きな声が聞こえてきた。私は準備したバッグを抱え彼のところに走った。
重そうな私の姿を見て、夫は困ったような顔をした。
「重そうだね」
「もう1個あるのよ。 次のバッグを持ってくるね」
私は、残りのバッグを運んだ。
「こんなに …。 何を、持って行くんだ?」
「オヤツや飲み物、それに、泊まるかもしれないから、その準備もね。 何があっても大丈夫なように」
「準備万端だね」
夫は、呆れたように少し目を細めて笑った。
2歳しか離れてないのに、私の事を子供扱いする。少しシャクにさわる。
「ねえ、私の事をバカにしてるでしょ!」
「そんな事はないさ。 何でそんなふうに思うんだ?」
「だって、目を細めたじゃん」
「準備が大変だったと思ってさ。 君に感謝してるんだよ」
「何か、嫌な感じ! ところで、車はどこにあるの?」
外を見ると、商用のバンが1台止まっているだけだった。だから、不思議に思った。
「まさか、この車なの?」
「デートには不向きなのは分かってるが、これしか無くてさ …。 ゴメンな」
夫は、申し訳なさそうな顔をした。
私は、しょうがないと思っている。食費や生活費などは夫が全て出していて、私の給料は一切使ってない。自分ひとりの力で私を養おうとしているのだ。
「まあ、良いけど …。 次は違う車にしてほしいな」
いつも棘のある言い方をしてしまい、後で反省する。この繰り返しだ。
「会社が軌道に乗ったら高級車に乗せてあげるから。 だから、我慢して」
夫は、手を合わせた。
「冗談よ。 剛が居れば、他に何も要らないわ。 贅沢なんて言わないよ」
これは、本音だった。私は、夫の事が大好きだ。自信を持って言える。
その後、私が準備したバッグを車に積み込み2人は出発した。
私はこれまで、どこに行くにも運転手つきの黒塗りセダンに乗っていた。だから、夫が運転している車に違和感を覚える。前列の助手席に乗ることもだ。
但し、これは良い違和感だ。前列シートは前の景色が見えるし、運転席の夫の手を握ることもできる。
私は、夫の顔をチラッと見た。
「どうかした。 俺の顔に何かついてるかい?」
「ついてるよ」
「えっ本当? 朝、顔を洗ったんだけどな」
「頬に何か黒い物がついてる。 これって何?」
私は、覗き込むように夫の顔を見た。そして頬の付近に顔を近寄せると、いきなりキスをした。
「危ないから、やめろよ」
本当は、キスをしたいだけだった。
夫は、困ったような顔をしたが、構わず唇を重ねた。また、ジーンとして幸せな気分になった。
元来、私はワガママな性格だ。夫が困っていたとしても強引に進めてしまう。
また、夫の困った顔を見ると、たまらなく可愛いいと思う時がある。サディスティックではあるが、夫を心から愛している証拠だ。
車は湘南の海に着いた。2人で付近を散策し満ち足りた時を過ごした。
時間は、あっという間に過ぎる。
「海が綺麗だわ。 それに日差しも心地良いし、幸せな気分になれるわ」
「それは良かった。 でも、そろそろお腹が空いて来ただろ」
夫は笑った。
「そうね。 お腹空いちゃったわ」
「これから、カサブランカに行くぞ」
「でも、この時間帯だと混んでるんじゃない?」
「そうかもな。 でも、オーナーシェフが席を確保してくれてるんだ」
「準備万端ってとこね。 楽しみだわ」
私は、夫の心遣いに感謝した。今までも、そうだったように、綿密な計画を立てたのだろう。
2人の乗る車は、カサブランカに向かった。
店は、岬の上にあり眺望も良く素晴らしい立地にあった。凄く混んでいて、駐車場は満杯だった。
「車を止める場所がないわ。 かなり待ちそうね」
私が言うと、夫はどこかに電話した。
「オーナーシェフと連絡が取れたよ。 社員専用駐車場に入れてほしいと言われた。 店の正面にある電動シャッターを開けるそうだ」
注意深く見ていると、正面のシャッターが開いた。そして、車は吸い込まれるように建物の中に入った。
「VIP待遇ね。 あなたのおかげよ。 何だか気分が良いわ」
私が言うと、夫はわざと歯を見せてニカっと笑った。
「今の表情、嫌味な金持ちに見えるわ」
「そうか、将来はこうなるかもな」
そう言うと、今度はいつもの表情で笑った。
私は、夫の笑顔が好きだ。誠実さが滲み出ている。
頼りないと思う女性がいるかもしれないが、私にとっては何よりも魅力的なのだ。
「さあ、行こう」
「うん」
夫に手を引かれて、厨房に入った。
「井田社長、変な所から入ってもらい申し訳なかった。 奥様、ようこそいらっしゃいました! オーナーシェフの風間です」
厨房に着くと、背の高い優しげな顔の青年が立っていた。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
私は、その人に目が釘付けになってしまった。
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