第3話 再会

「あれっ、もしかして桜井さん?」


 厨房に立っている青年が、私に話しかけてきた。私には、彼が誰か分かっていた。



「風間先輩ですか? 私のことを知ってるんですか?」



「もちろん知ってるさ。 高校で1番美人のマドンナだったからな。 男子は皆、憧れてたんだぞ。 あっ、そうか、今は井田さんだった。 人妻なのか、残念! 一応、奥様にも名刺を渡しておきます」


 風間は、イタズラっぽく笑った。



「またあ、お上手ですこと」


 風間に言われ、私は凄く嬉しかった。



「優佳里。 風間さんの事を知ってるのか?」



「ええ。 高校時代の先輩なの」


 風間は、私の初恋の人だった。

 憧れていただけで話した事もなかったが、それだけに私を知っていた事が嬉しかった。

 でも、夫に知られたくないので、感情をおさえた。



「それでは、井田様。 これから席にご案内します。 奥様も!」


 風間は軽くお辞儀した後、キリッとした声を発した。



「お願いします」


 その後、風間に案内され、海が一望できる席に着いた。



「これからコース料理をお運びしますが、私は厨房があるので、これにて失礼します」


 風間がいなくなると、若い女性店員が現れ料理を運んだ。私たちは、ゆったりとした時間の中で料理を堪能した。


 

「それにしても良い席だな。 海が綺麗に見える」


 食事をしながら、夫が話しかけてきた。



「そうね。 それに料理も美味しいわ。 素敵なお店だから、また来たいな」


 私は、夫におねだりをして見た。



「そうだな」


 夫は、少し困ったような顔をした。正直者だから、つい顔に出てしまう。



「また、来週も来ようよ!」


 私は、夫を困らせるようワザと強めに言った。



「さすがに来週は …。 すまない」


 夫は、下を向いてしまった。



「冗談よ、安心して」


 私は、優しく笑った。今の収入では、そうそう来れない店だと分かっていた。さすがに夫が可哀想になってしまった。



「ところで、オーナーシェフの風間さんと知り合いだったとは驚いたよ。 彼は優秀な青年だ。 うちとの取引では、いろいろと助けてもらってるんだ」



「そうなの? でも、剛から仕事の話を聞くなんて珍しいわ」



「そうかな? それより、風間さんが優佳里の事を高校のマドンナと言ってたけど、本当なのかい?」



「そんな事ないよ。 お世辞に決まってるじゃん。 真に受けないで」


 私は、風間が初恋の人だと悟られないように、わざとそっけない態度を取った。



「優佳里だったら、憧れのマドンナだと言われても違和感ないよ。 俺がその高校にいたら、君に憧れていたと思う」



「ありがとう。 でも、もうその話はやめて」


 正直、風間を見てから、夫が見すぼらしく思えてきた。風間の事を、夫から聞かれると嫌な気持ちになってしまう。


 なぜなのか、自分でも分からない。



「そうだな」


 夫は、何かを察したのか弱々しく答えた。

 それとも、私が強く言い過ぎたのかもしれない。



「ところで、優佳里のほうは仕事が順調なのか?」



「前と変わりないよ。 でもね、剛の事を考えたら会社を辞めた方が良いと思う時がある。 父のコネで入った会社だしさ」



「二見食品と言えば大手だぞ。 俺の会社が軌道に乗るまでは続けた方が良いと思うよ」


 事業がうまくいかなかった時の事を考えると、夫の意見は正しい。でも、実家の父に反発しない夫の考えが、物足りなく感じてしまう。

 次第に、夫と風間を比較していた。親の力を借りているとはいえ、風間はフレンチレストランを余裕で経営している。それに引きかえ夫は非力で惨めだ。

 私は、こんな事を思う自分が嫌になった。



「ねえ、剛。 食べたらこの店を直ぐに出たいわ。 やっぱ、外で潮の香りを嗅ぎたい!」



「分かったよ」


 夫は、優しく笑った。


 笑ってる姿を見ると、夫を愛している事を実感するのだが、風間の事を思うと一瞬で冷めてしまう。

 これではダメだ。私は一刻も早く店を出るべきと思った。



 料理を全て食べ終えた頃、オーナーシェフの風間が挨拶に来た。


 私は彼を見て、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。夫にその事を悟られないように必死だった。

 そして、何とか心を落ち着かせる事ができた。



 一通りの挨拶を終え店を出ようとした時、風間が私に話しかけてきた。

 再び心臓の鼓動が早くなった。



「桜井、いや失礼。 優佳里さんは、二見食品にお勤めと聞きましたが、田川専務は私の叔父なんです。 ご存じでしたか?」



「いえ、知りませんでした。 私は一社員ですから、専務なんて雲の上の人なんです」



「そんな事はないですよ。 二見食品は総合商社の三笠と取引があるから、社長であるお父上に聞いてみると良い」


 風間は、実家の父が三笠の社長だということを知っていた。

 しかし、私が縁を切られた事までは知らないようだ。



「そうですね。 分かりました」


 説明するのも面倒なので、話を合わせておいた。チラッと夫を見ると、バツが悪そうに下を向いていた。



「しかし、正直驚きました。 井田社長の奥様が、優佳里さんだったとは …。 世間は案外狭いものです」


 風間は、夫を真剣な顔で見た。


 笑顔が風間に似ているから夫に惹かれたが、やはり本物には敵わない。

 高校時代の初恋の思い出が、時を経て蘇った気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る